声明文書
掲載事項(記事)一覧

2004/07/31 九州大教職員組合、声明「改めて任期制の廃止を求める」
1997/07/08 佐賀大学教職員組合、大学教員への任期制の導入・法制化に反対する声明
1997/06/20 東京都立大学・短期大学教職員組合、大学教員任期制法の採決強行に抗議する[声明]
1997/05/27 徳島大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する声明
1997/05/07 滋賀県大学関係者158名 、大学教員の「任期制」の法制化に反対する滋賀県国公立大学関係者共同アピール
1997/05/07 電気通信大学教職員組合、 大学の教員の任期に関する法律案の廃案を求める(声明)
1997/04/30 「大学の教員等の任期に関する法律案」の閣議決定・国会提出に抗議し、廃案を求める
1997/04/26 宮崎県内大学・高専交流会での任期制反対アピール
1997/04/25 富山県大学等教員有志、大学教員等の任期制「法制化」に反対する
1997/04/25 大学教員の「任期制」法制化に反対する三重大学教員アピール
1997/04/18 東工大職員組合、大学の教員等の任期に関する法律案の廃案を要求する声明
1997/04/10 富山大学教職員組合、声明「富山大学への教員任期制の導入に反対する」
1997/03/28 岩手大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する声明
1997/03/11 愛知教育大学教員、大学教員の「任期制」法制化に反対し、教育・研究条件の充実を求めるアピール
1997/03/10 京都大教官有志、大学教員任期制法制化に反対する緊急声明
1997/03/10 北海道教育大学教員有志、大学教員への任期制導入と法制化に反対する声明
1997/03/06 東北大学職員組合、声明「大学教員の任期制の法制化に反対する」
1997/02/22 任期制法制化に反対する東北地区大学教員共同アピール
1997/02/14 埼玉大学職員組合、大学教員任期制の法制化に反対する
1996/12/18 愛知教育大学教職員組合、「大学教員の任期制」の法制化に反対する
1996/12/06 東京農工大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する決議
1996/11/22 島根大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する決議
1996/11/21 千葉大学教職員組合、大学教員の任期制に反対する
1996/11/15 群馬大学教職員組合、「大学教員の任期制法案化に反対する声明」
1996/03/14 大学教員任期制=クビキリ制に反対する声明
1996/02/05 北大教職員組合執行委員会、大学教員の「任期制」導入に反対する声明

2004年07月31日

九州大教職員組合、声明「改めて任期制の廃止を求める」

九州大学教職員組合ホームページ
 ∟●「改めて任期制の廃止を求める」(九大教職組執行委員会声明、2004.7.20付)(7月28日掲載)より転載

改めて任期制の廃止を求める

九州大学教職員組合執行委員会 2004年7月20日

任期制は危険な制度です

九州大学では法人化直前に、工学研究院、農学研究院、医系研究院等に全職種全教員任期制が導入されました。導入の際には各部局において研究院長等から「ほとんどの教員は再任されるから心配しなくてよい」という説明が行われ、同意書がかき集められました。しかし、このような口約束で安心するわけにはいきません。任期制とは期限を定めて(たとえば5年間で)自動的に職員を失職させる制度なのです。任期制においてはその趣旨から言って基本的に再任は前提とされていません。仮に再任された場合でも、いったん失職したのち新規採用という扱いになります。失職によって開いたポストに新規採用する手続きが必要になるのです。
 新規採用は採用者が任意に行う事ができ、いかに業績や能力のある人でも採用されるとは限りません。一般には、任期付の職に就業する職員が再任をめざしてどんなに業績をあげても、法人がその職員を失職させたければ自由に失職させることが可能なのです。京都大学再任拒否事件の地裁判決にみるように、再任を拒否された側が任期中の業績に基づいて法的な救済措置を求めるのはきわめて困難なのです。
 九州大学はこのように危険な任期制を必要な議論もつくさず安易に導入し、さらに導入部局の拡大をはかろうとしています。任期制の安易な拡大をやめ、導入した任期制を廃止することも視野に入れた再検討を開始する事が今必要とされています。

「ほとんどが再任」の保証はない

 九州大学で導入した任期制では再任が可能だとされています。任期制導入部局における導入時の説明をそのまま信じて、「よほどのことがない限り再任される」と考える教員も多いかもしれません。しかし「再任」と「任期制」いうのはそもそもそぐわないもので、その結びつきは非常にもろいのです。
 任期制を導入した九州大学の各部局研究院長は口頭でrほとんどの教官が再任される」ことを約束しました。しかし将来的にそれが守られる保証はありません。公的文書しても残っていません。たとえそのような文書があったとしても、「ほとんどの場合に再任される任期制」などというものは社会的に説得力がなく、批判されれば維持することは困難です。
 九州大学で導入された任期制はきわめてずさんなものです。実際、任期制が導入された部局のなかにはいまだに具体的な再任基準を設けていないところもあります。また再任基準を決めたところでも、その基準はきわめて抽象的で、恣意的な審査が行われる余地が十分あります。
 任期制の導入は、教員の雇用条件を著しく不安定化しました。職員の雇用条件を改善し、安心して働ける職場を目指すため、何のメリットもない任期制の廃止を真剣に検討すべきです。また当面、任期付ポジションから任期のつかないポジションヘの移行を可能にするような制度を検討するべきです。さらに、再任審査が公平に行われるように客観的な再任基準を明らかにし、公正な審査機関と不服申し立て機関を設置することが必要です。

全部局全職種への任期制適用は違法

 全職種への任期制導入は任期制の趣旨に反します。任期制法では任期制の適用範囲を先端的、境界的な研究分野に制限しています。これは大学教育・研究の中枢を担う職全般に不安定雇用が適用される弊害をみこしたものだと言えます。したがって九州大学医系研究院、工学研究院、農学研究院等において導入された全部局全職種任期制は違法です。「九州大学における教育研究はすべて先端的学際的総合的だから」(将来計画委員会資料)という説明は外部では通用しないものです。法律的な問題以前に、全部局全職種の教員職を任期職という不安定雇用に変えようという九州大学の方針は、継続的で安定した研究教育の体制を自ら放棄する無責任なものと言えるでしよう。

導入の外圧に抗しきれないというけれど

 九州大学における任期制導入の際の決まり文句は「任期制を求める社会的な要請(外圧)がある」でした。しかしそのような要請の具体的な内容や、その是非について議論した形跡はありません。外圧があるから議論もせずに導入するという態度は理解しがたいものです。それとも外圧をタテに任期制の導入を正当化しようとしたのでしょうか。「任期制を導入しないと運営交付金を減らされる恐れがある」などという声もよく聞きます。しかし、これこそ任期制法の国会付帯決議が「いやしくも大学に対して、任期制の導入を当該大学の教育研究支援の条件とする等の誘導や干渉はいっさい行わないこと」と戒めていることであり、そのような圧力が実際にあったとしたら大問題です。
 一方、九州大学では任期制導入に対するあからさまな内圧があります。任期制を導入していない部局に対して1%の予算削減をしているのです。組合の抗議に対する九州大学当局の回答は「学内での判断だから国会付帯決議とは無関係」というものでした。しかしこれは国会付帯決議がどのような理由で何を目的にしてなされたものかを考えれば、一般には通用しません。明らかな付帯決議違反です。

任期制と業績審査とは別

 九州大学の全教官任期制導入の目的は、再任時の業績審査で成績の悪い教官を切ることであると説明されてきました。しかし業績審査は業績審査で、任期制とは別にやれることで、実際、任期制を導入していない部局でも厳しい業績審査が行われている事はご存知のとおりです。その是非はともかく、就職、昇格、外部資金獲得などにおいて、研究者の世界では業績評価にもとづく競争原理はすでに縦横無尽に作動しており、このうえさらに任期制導入をして競争をあおる必要性があるかというと大いに疑問です。むしろ、職員の業績水準を上げるためには、短期不安定雇用によって職員が研究や教育に集中できない環境を作るよりも、業績を挙げた職員に報償を与えるなど他の方法を考えるべきです。

任期制で教員の流動性はあがらない

 任期制の導入のもうひとつの目的は研究ポストの流動性を高めることだといいます。しかし、「ほとんどが再任」だとすると流動性に対する効果がないのは明らかです。かといって、九州大学に再任不可の任期制を導入したところで、他大学・研究機関との間の「双方向の」流動性が増加することは期待できません。九州大学のポストが任期付という不安定職になることで、優秀な研究者の九州大学への流入が減り、九州大学からの流出が増えるだけです。流動性を高めるには異動の際の研究機材移転の補助、研究室立ち上げの補助などの方がよっぼど効果があるという指摘があります。このような九州大学のなかでも対応できる流動性を高めるための即効性のある措置の導入こそが必要なのではないでしょうか。

任期制の導入で九州大学の魅力はガタ落ち

 任期制を導入した部局では、ポストの魅力が薄れるため、任期制を導入していない大学や研究機関との研究者獲得競争できわめて不利な立場に立つことが予想されます。雇用の不安定性を高い賃金で補うなど、大学法人として経営戦略を考えるなら任期制導入と同時に当然考慮しなければならない制度も検討されていません。任期制の導入は九州大学や部局のポストの魅力を削ぎ、九州大学の衰退をもたらします。九州大学という大きな大学に大規模な任期制を導入することの影響はそれだけにはとどまりません。任期制という不安定雇用が広範囲の大学に広がれば、研究職そのものの魅力の減少にもつながります。それによって若者の研究者離れが起これば、日本のアカデミズムは長期にわたって回復の困難な打撃を被ることになります。

任期制とキャンパス移転の危険な関係

 いくら考えても何も利点が見当たらない九州大学の任期制導入。導入推進派の本当の狙いはどこにあったのでしょうか?それが目的だったどうかはともかく、ひとつ考えられる重大な懸念があります。大規模な部局再編とリストラのために任期制が使われる危険性です。
 独立行政法人化にキャンパス移転の資金不足が加わり、これから九州大学の経営は非常に厳しくなることが予想されます。部局の再編の動きも出てくる可能性があります。そのとき任期制を導入した部局では「採算性が低い」と判断された部門を丸ごとカットすることも可能になってしまいます。大量解雇をしなくても、全員の再任を許さないという「正当な手続き」を行うだけで、ひとつの部局をまるまる消滅させるなどという乱暴な再編策も、任期制があれば不可能ではなくなります。

任期制を導入してしまった部局…次の一手は?

 ずばり任期制を止める事です。徳島大学では、いったん導入した教官全員への任期制の矛盾に気づき、独立行政法人化に際してこれを廃止して業績審査制に切り換えました。九州大学の任期制導入の趣旨説明は、任期制よりも業績審査制に近い考え方だったのですから、任期制を廃止して困る事は何もありません。
 「ほとんどの人が再任される」などという何の保証もない虚偽の説明を受けて同意書を提出してしまった人は、その事実を証明できれば、同意書の撤回を求めることができます。当局が撤回に応じなければ契約無効の訴えを起こすこともできます。
 明示的で客観的な評価にもとづく再任審査基準を定め、公表すること、再任審査への不服申し立て手続きや機関を設置する事も重要です。これは研究者の雇用条件を不安定化させる任期制を導入した部局が被雇用者に対して払うべき最低限の責任と言えるでしょう。また、任期つき職から任期のつかない職への移行について検討すべきです。任期が切れて失業する職員に対して就職支援等の最大限の援助を行う事が求められます。

任期制に対する組合の要求項目

●任期制法の趣旨に反する全部局全職種への任期制導入をこれ以上行わないこと。
●すでに医系研究院、農学研究院、工学研究院、応用力学研究所等に導入されている任期制の必要性と妥当性について、法人化後の事情や法的な面も考慮し、その廃止も含めた再検討を開始すること。
●任期制法の付帯決議に反する任期制非導入部局への予算削減措置を直ちにやめること。
●教員が任期つきのポジションから任期のないポジションに移行する手続きを整備すること。
●教員の選考、再任の審査については、関連分野の審査員の意向を最大限に尊重すること。再任における不服申し立ての手続きと機関を設け、公正な審査ができるような体制を整えること。
●任期つきのポジションにいる教員について、病気、出産などによってやむを得ず教育、研究の場を離れざるをえない場合に不利が生じないように、制度上の配慮を行うこと。


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1997年07月08日

佐賀大学教職員組合、大学教員への任期制の導入・法制化に反対する声明

(出所)都大教ホームページより

大学教員への任期制の導入・法制化に反対する声明

1997年4月8日
佐賀大学教職員組合執行委員会

 政府・文部省は、昨年10月29日に文部大臣に提出された大学審議会答申「大学教員の任期制について」を受け、4月8日、「大学教員等の任期に関する法律案」を閣議決定し、国会に提出した。これは、任期制の導入・法制化に反対する教職員組合・大学関係者の全国的取り組みを無視するものである。われわれは、この間、任期制に関する学習、署名・アンケート活動等を積み重ね、九州および全国の運動と連携しながら任期制反対の取り組みを行い、任期制の問題点に対する認識を深めてきた。その認識に立って、以下の理由で大学教員への任期制の導入・法制化に反対の意志を表明する。
 第1に、任期制の導入・法制化による教員の流動化は、教育研究を活性化させるどころか、むしろ教育研究の発展の阻害要因となるからである。すなわち、3年5年という限られた期間のなかで、論文の数が審査の基準となる可能性が高いことからすれば、息の長い地道な努力を要する研究よりも、短期に業績を上げやすい研究が選択されるようになる。そうなると質よりも量を求める業績主義がはびこり、研究の質は低下するであろう。また、業績評価にあたって恣意的な審査が行われないという保障は何もない。外部評価が入れば、より一層その危険は強まるだろう。教育についても、研究業績を上げるために教育がないがしろにされる可能性があるし、教員の流動化はカリキュラムの編成等にも支障をきたすおそれがある。また、教員が大学における教育のありかたを真剣に考えるという意識も希薄化するであろう。教育研究の発展には、安心して教育研究にうちこめる環境、すなわち、雇用の安定こそ必要なのである。
 第2に、任期制の導入・法制化によって、国公法、教特法等によって保障されている教員の身分保障が奪われ、著しく雇用が不安定化するからである。大学教員は、任期中であっても常に再任されなかった後の生活の不安に悩まされることになる。また、再任を拒否された教員を他の大学が採用するとは考えにくいことからすれば、雇用保険もない大学教員は、厳しい失業状態に置かれることになる。学生にとっても、大学教員という職業はリスクの大きい魅力のない職業となるであろう。特に私学においては、人件費抑制のためのリストラの道具として任期制が活用される可能性がある。また、任期制における再任は、「解雇」とは異なり、「『任期満了』後『退職』→通常の採用手続きの選考により再びその職に採用」という方法をとるとみられる。そうなると解雇権の濫用ということで解雇の不当性を裁判等で争うことも困難になると予想される。
 第3に、任期制の導入・法制化によって、大学における教育研究が、国や財界の政策に従属する傾向が強まり、自由で創造的な教育・研究の気風が失われていくおそれがあるからである。政府は教育研究の活性化という美名のもとに任期制を導入しようとしているが、任期制導入の最大の目的は、科学技術基本法・科学技術基本計画に沿った政府と財界が求める科学技術政策の遂行にある。すなわち、任期制は、産官学が交流し合う流動的で競争的な研究環境=COE(中核的研究拠点)を創出し、COEとなる大学や研究機関に重点的に予算を配分するという国家的な戦略の遂行のための手段なのである。大学は任期制を導入した見返りとして研究予算を獲得し、国や財界の求める教育研究を重視するようになるだろう。その一方で、国策に貢献しない教育研究はないがしろにされるおそれがある。
 第4に、任期制の導入・法制化が、大学教員のみならず、労働者一般の雇用の流動化、不安定化を導く突破口となる可能性が高いからである。労働基準法第14条では、1年を超える労働契約は原則として禁止されているが、現在、この契約期間の上限規制を緩和し、1年を超える有期雇用を認める方向での法改正が検討されている。企業は、こうした有期雇用を、例えば、3年5年という有期契約で労働者を雇い、必要がなくなれば、期間の満了を理由にいつでも解雇できるというリストラの道具として活用しようとしている。この労基法改正の動きは、従業員を長期継続雇用のグループと有期雇用のグループに区分することによって人件費の抑制を図る日経連等の雇用流動化戦略と軌を一にしている。任期制法案は、対象を大学教員に限定する特別法のかたちをとるとはいえ、それが既成事実となって、労働者一般の雇用の流動化に道を開くものである。したがって、任期制の問題は、大学教員の問題にとどまらない労働者一般の問題としてとらえる必要がある。
 以上のように、大学教員への任期制の導入・法制化は、われわれの働く職場を、学問を、そしてわれわれ大学教員の心までも荒廃させるであろう。われわれは、大学を国策遂行のための教育研究機関に変質させないためにも、われわれの労働者としての権利、そして労働者一般の権利が蹂躙されないためにも、任期制という悪しき制度の導入に対して断固として反対する。


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1997年06月20日

東京都立大学・短期大学教職員組合、大学教員任期制法の採決強行に抗議する[声明]

1997年6月20日
東京都立大学・短期大学教職員組合
教員任期制法制化に反対する都立大学教職員の会

[1]「大学教員等の任期に関する法律案」は、6月6日参議院本会議において、日本共産党、新社会党などの反対、自民党、社民党、さきがけ、平成会(新進党・公明)、民主党・新緑風会などの賛成多数で可決、成立した。広範な大学関係者からつよい疑義、危惧・批判や反対の声があがるなか、徹底した慎重審議が求められていたにもかかわらず、このような重要法案をめぐって、衆参両院の委員会審議あわせて五日間というあまりにも短時間の日程で審議が打ち切られ採決が強行されたことにたいして、私たちは憤りをもって抗議するものである。

[2]短い審議のなかでも、山積する重大な問題点が浮き彫りになってきている。 法律では、数年の「期間の満了により退職」(第2条)と定めている。任期満了時点で新たな職が得られない場合教員は失職することになり、またその際に国公立大教員は、失業保険すら支払われないきわめて身分不安定な状態においやられるのであって、かねてより懸念されていたとおり「教員解雇法」としての危険な本質が明かになっている。これが実施されるなら、わが国の大学教育と学問研究に重大な種々の否定的影響をもたらすことが憂慮される。
 第一には、独創的、基礎的研究の衰退が危惧される。多くの教員が任期満了時の業績審査にむけて短期間に成果や評価の得やすい研究にはしる傾向が生じるため、長期的視野にたって学術文化の発展に寄与することの期待される、独創的な研究の育成や基礎的、基幹的分野の研究が停滞する恐れがおおきい。
 第二には、学生教育への犠牲の転嫁である。学生・大学院生の在籍年数とほぼ同じ任期で教員が大学を入れ替わる状況のもとでは、教育や課外活動での系統だった責任ある指導態勢をとることは困難となり、教育現場に混乱や質的低下が引き起こされるのは必至である。また、再任、採用の審査にむけた就職活動のため、教員が契約期間の後半になると研究にも教育にも身が入らなくなることは、近年のイギリスの経験が示すところであり、教育の空洞化が進行することは目にみえている。
 第三には、学問研究の自由のなし崩しの恐れである。学問の自由および大学の自治が教員の身分保障と不可分にむすびついていることは、わが国戦前の軍国主義下での惨苦の経験や戦後アメリカのマッカーシズムからの痛切な教訓である。数年で身分を失う任期制のもとでは、教員は、再任、採用の審査に通るために、学問的識見・良心に基づいた自由で批判的な社会的発言や行動をさしひかえて自己規制をしいられる傾向が助長されるであろう。学問の自由が萎縮させられるもとで、真に自主的で創造的な研究教育活動の活性化は望みえない。
 第四には、現存の研究条件の改善や格差是正なしには、人事の流動化によって研究の活性化を期待することはできない。わが国の大学教員の職場異動が鈍いのは、旧帝大を頂点とした大学間の極端な序列化と格差に、また民間研究機関と比べた研究条件の貧困に起因する。これらの現状を放置したままの任期制の強行は、ひと握りの有力大学や海外への頭脳流出を促して格差の拡大固定化と学界における優秀な人材確保の困難とを招来するだけであって、わが国の大学諸機関のポテンシャルの低下と空洞化を引き起こすことは必至であろう。また、選択的導入の場合、受け入れる大学と受け入れない大学や教員との間に、新たな差別・選別や行政指導・財政誘導の余地を残して、いっそうの格差増大に帰結することが危ぶまれよう。
 第五には、わが国労働者全体の「雇用リストラ」に連動する危険性である。法律が、教育基本法や教員公務員特例法などでうたわれている大学教員の身分保障と抵触することは多々指摘されている。特別立法による強行的着手の企ては、財界の求める雇用の「規制緩和」を推進する突破口となって、公務員ひいては労働者全般にわたる、終身雇用に代わっていつでも解雇自由な「有期雇用」の労働市場の形成に道を開くものであろう。財界の「二十一世紀戦略」の意向に沿った新たな大学支配の抜本的強化を狙ったものにほかならず、国民のための教育研究の発展を希求する立場にとって、由々しき動向といわざるをえない。

[3]私たちは、政府文部省が大学審議会答申を受けて今国会での法案成立を期する意向を固めて以降、学内外で全力をあげて任期制法制化反対の運動に取り組んできた。学内では、「教員任期制法制化に反対する都立大学教職員の会」を発足させて、2月には法制化反対の学習決起集会、法案上程後の4月には法案学習と抗議集会をひらき、それぞれ決議を採択して関係者へ訴え、反対署名を展開した。学外では、2月7日に結成された東京共闘会議に呼びかけ団体、代表幹事として参加し、都大教および東京共闘会議を軸とした大規模な反対署名、氏名公表ポスター、都労連・単組への働きかけ、春闘メーデー集会での街頭宣伝、数次にわたる文部省前行動、国会請願・傍聴行動など精力的に取り組んだ。
[4]「オール与党」体制の翼賛的な国会運営のもとで、法案成立の阻止ができなかったことはまことに遺憾であった。とはいえ、広範な国民各層を巻き込んだ近来にない大規模な反対運動の結果、私たちの実状に即した道理ある指摘や批判の声は、両院の委員会審議での各党委員による「懸念」表明や質疑応答に種々反映し、また、「付帯決議」の採択に結実させることができた。今後の法律施行の際には、これら運動の成果と教訓を貴重な足掛りにして、導入反対や厳しい監視等の取り組みをつよめていくことが必要である。
 私たちは、大学に働く教員職員のみならず、国民各層とともに、任期制法とそれに含まれた危険な企図の実現を許さず、学問の自由および教育研究の真の活性化を追求するために、また労働者の働く諸権利を守るために、ひきつづき諸課題の取り組みに全力を傾注する決意であることをここに表明する。


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1997年05月27日

徳島大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する声明

大学教員の任期制法制化に反対する声明

徳島大学教職員組合中央執行委員会

 政府は「大学教員等の任期に関する法律案」を国会に上程した。国会は、大学人をはじめとする国民世論に十分耳を傾けることなく、また、その本来の使命としての十分な審議を尽くすことなく、5月23日衆議院本会議において採決を強行した。この法案が、次のような重大な問題点をもつことを、徳島大学教職員組合は広く大学と社会に訴えたい。
 この法案には「多様な人材の受け入れを図り、大学における教育研究の進展に寄与する」ことが目的として謳われているが、むしろこれは大学における自由な研究を妨げ、大学教員の身分保障を根本から揺るがすことにより、大学の自主的改革に重大な障害となり、研究教育の現場に混乱と荒廃をもたらすものである。
 教育研究の活性化のためにまず大学教員の任期制が必要だとする論理は、きわめて短絡的な発想である。たしかに現在の大学が多くの問題を抱えていることは事実である。「何年も論文を発表していない」「十年同じノートを使って講義している」という教員がいるかもしれない。しかし、大学改革の問題を一部教員の問題に矮小化してはならない。大学の内部では現在、教育研究の充実と活性化を目指した改革のためのさまざまな自主的取り組みが行われている。国内外の大学間交流や自己点検・自己評価および社会のニーズの変化に対応したカリキュラム改革などはすでに取り組まれている。それを支援する教育研究の予算の充実や設備の改善こそがいま急がれており、この点を抜きにした任期制導入の強行は人材の確保や育成を阻害するものであり、人材の流出や空洞化を招くものである。
 任期制の適用対象は大綱的な規定となっているため、曖昧な解釈を許す余地を残しており、恣意的に運用される危険をはらんでいる。しかも、任期満了後の他大学等への移動が保障されておらず、実質的な解雇、首切りの道具として使われる恐れがきわめて強い。任期制の導入は財政再建のための文教予算削減(教官定員の削減)への地ならしであり、ひいては公務員の雇用形態に大幅な変更をもたらすものである。大学のあり方がいまほど真剣に問われている時代はない。本来、大学は歴史的に諸権力から種々の圧迫を受けた中で自治を獲得し、自由な視点で学問研究の場を築き上げてきた。いま任期制法制化によって、この歴史的遺産は危機に瀕している。徳島大学教職員組合は教育研究を阻害し、教員の身分を不安定にする大学教員の任期制法案に、全大教(全国大学高専教職員組合)に結集している組合およびすべての大学人とともに断固反対するものである。

1997年5月27日


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1997年05月07日

滋賀県大学関係者158名 、大学教員の「任期制」の法制化に反対する滋賀県国公立大学関係者共同アピール

(出所)都大教ホームページより

大学教員の「任期制」の法制化に反対する滋賀県国公立大学関係者共同アピール

名前公表者158名

 政府は、大学教員の任期制を導入するために、去る4月8日、「大学の教員等の任期に関する法律」案を急遽閣議決定し、国会に上程した。法案では、大学や大学共同利用への多様な人材の受入れを図り、教育研究の進展に寄与することを目的(第一条)として、任期制の法制化が企図されている。その適用範囲として、助手、およぴブロジェクト教育研究の職とともに、「先端的、学際的又は総合的な教育研究」を行う教育研究組織の職を明記しているが(第四条)、これは、実際上、すべての大学・学部に該当する内容となっている。また、任期制の対象となる「教員」は、教技、助教授、講師、助手のすべてにおよぷこと、任期満了で退職することが定義されている(第二条)。大学教員に対する任期制の法制化については、一昨年の大学審議会の中間報告以来、国立大学協会や日本私立大学団体連合会をはじめとする広範な大学門係団体や、国公私立大学の学長、学長経験者など輻広い大学関係者が危倶や反対意見を表明してきた。にもかかわらず、ぞれを顧慮することなく、現場の大学教員との協議もなく、任期制導入のための法案の制定が強行されようとしていることに対して、滋賀県下の国公立大学関係者は、抗議の意思を表明するとともに、任期制の法制化作業の中止を強く要求するものである。われわれが任期制の法制化に反対するのは、主として、以下の理由による。
(1)任期制の法制化は、事実上任期満了後の解雇を前提としたもので、教員の身分はきわめて不安定になること。
(2)その結果、短期的に研究をあげようとする傾向を助長し、長期的視野にたった研究がないがしろにされる懸念があること。
(3)教員の身分の不安定さが、悪しき業績主義にかりたてることになり、教育の空洞化が生じる危険性が強いこと。
(4)大学の自主的な判断による「選択的任期制」についても、行財政誘導を通じた文部省による大学への管理や干渉によって、事実上強制される恐れがあること。
(5)大学教員の身分保障の根底にある「学間の自由」や「大学の自治」の理念が根底がら脅かされること。
 滋賀県下の国公立大学で教育研究に携わっているわれわれは、大学教員に対して任期制を導入するための法制化に反対するとともに、今回の「大学の教員等の任期に関する法律」案の廃案を求めて、緊急に、く大学教員の「任期制」の法制化に反対する滋賀県大学関係者共同アピール>を発表し、関係各位に意見表明するものである。

1997年5月7日


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電気通信大学教職員組合、 大学の教員の任期に関する法律案の廃案を求める(声明)

大学の教員の任期に関する法律案の廃案を求める(声明)

 大学の教員等の任期に関する法律案(以後「教員任期制法案」と略す)の国会審議が5月9日に始まろうとしています。この「教員任期制法案」は昨年10月29日に文部大臣の諮問機関である大学審議会(石川忠雄会長)が出した答申を受けて文部省が作り、去る4月8日の閣議で決定された後、国会に提出されました。
1.大学審議会の分析と提言について
 大学審議会は「大学における教育研究の活性化」についての答申の中で、大学の現状を「我が国の大学については、幅広い教養と専門知識を有する人材の要請や学術研究の推進を通じて、社会経済の発展に寄与してきたとの評価がある。」と評価しています。
 しかし他方、「学生のニーズや社会の要請を踏まえた教育が行われていない。国際的な競争に耐え得る水準の研究成果があがっていないなどの厳しい批判がある。」と分析しています。
 そして「これらの批判にこたえ、多様な課題に対応していくためには、大学改革を進め、大学における教育研究の活性化を推進することが喫緊の課題である。」
 さらに「大学設置基準の大綱化、制度の弾力化、教育機能強化のためのシラバスの作成や学生による授業評価の実施、大学院の拡充による教育研究の高度化、大学運営の円滑化、教育研究環境の整備充実等について、幅広い提言を行ってきた。」と述べています。
 文部省は1991年の「大学設置基準の大綱化」以来、大学審議会の提言や答申に基づいて大学を指導し、各大学もそれを受けて努力しつつあるのが今の現状です。
また、大学審議会は「教員の流動性を高める取り組みの現状」のなかで、「教員の流動性の向上に関して」は、
・教員採用については「学外の専門家の積極的登用」「公募性の活用」などにより改善が図られつつある
・弾力的な教育研究組織・体制の工夫では、「大講座化の進展」「客員ポスト等の整備」「弾力的な組織の編成」などが実施されつつある
・期間を限って教育研究に携わる者の増加として、「ポスト・ドクトラル・フェローシップの整備」「期間を区切った教育研究の実施」がなされている
と述べています。
 このように大学審議会は各大学の努力を評価しています。
2.大学審議会は恣意的に「教員の任期制」を導入しようとしている?
 大学審議会は、上記のように評価をしているにも関わらず、同じ答申のなかで我が国の大学教員の人事について、「大学や学問分野によっては」と断りながら、「自校出身者の比率が高く、他校等との人材交流も乏しい」「同質者の間ではとかく発想が似通ったものとなり」「相互の批判や競争の機会も少なくなり、教育研究が低調になりがちである」「若手教員については、人事の停滞等の影響もり、長期にわたって特定の教授等の研究テーマ・方針などに拘束されて、その柔軟な発想を教育研究に生かすことが困難な状況も指摘されている」と述べ、だから教員の流動性を高めなければならないとしています。
 さらに答申は結論的に「そのための一方策として、大学教員に任期制を導入できるようにすることは、国内外を問わず、他の大学や研究機関等との人材交流を一層促進することになり、教員自身の能力を高め、大学における教育研究の活性化を図る上で、極めて大きな意義を持つものである」と述べています。
 これは部分的な実情を故意に強調して、全体がそうであるように印象づけるものです。
 大学設置基準の大綱化以来、各大学では「大学の個性化・多様化」を追及しつつあります。これはまさに、「大学の教育研究の活性化」の追及です。したがって、「活性化」のために「任期制」を導入するという結論の出し方は恣意的というものでしょう。
3.大学教員は「学問的交流」を内外で活発に行っている!
 「教員任期制の法案」の(目的)や法案提出の「理由」には「大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要である」と書かれています。
 しかし、現在、国公私立を問わず大学では「学問的交流」は活発に行われています。大多数の大学教員が参加している各種学会では、多くの企業の研究者が参加し共同研究や情報交換が活発に行われています。また、国際学会への参加(発表および学会の運営)も毎年活発に行われています。
 このような実態を文部省は知っている筈です。
 それでも大学の教育研究が停滞オていると文部省が云うのであれば、その原因は劣悪な教育研究条件(長年にわたる高等教育財政支出の低下、無謀な教職員定数削減、教育研究室の不足、施設設備の劣化等)にあります。
4.「教員任期制法案」は「教員の解雇法案」である!
 「教員任期制法案」の第2条、第4項で大学教員の任期は「当該期間の満了により退職することとなるものをいう」と定めています。
 この事は、たとえ再任が決まっても一度は解雇されることを意味します。任期が来るたびに解雇されるような大学へ優秀な若手研究者が来るでしょうか?
 さらに現職の教員が積極的に他大学へ流動するでしょうか?
 したがって、「教員任期制法案」は「大学の教育研究の活性化」に繋がらないことが明らかです。
5.「教員任期制法案」は全公務員、全労働者の「任期制」適用に道を開くものである!
 文部省は「教員任期制法案」を上程するにあたって教員の解雇を可能にするために対象となる法律、国家公務員法、教育公務員特例法、人事院規則、労働基準法などを変えなければなりません。たとえ「特別法」の形式をとるにしても、一般公務員、民間の労働者に対して「1年を越えて期間を限る」契約が出来るようになります。これは労働基準法14条に違反し、全労働者のパート化を可能とするものです。
 よって我々は、教育研究の活性化を阻害し、全労働者のパート化に道を開く「大学の教員の任期に関する法律案」の廃案を強く求め、ここに声明します。
1997年5月7日       

 電気通信大学教職員組合執行委員会


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1997年04月30日

「大学の教員等の任期に関する法律案」の閣議決定・国会提出に抗議し、廃案を求める

(出所)都大教ホームページより

「大学の教員等の任期に関する法律案」の閣議決定・国会提出に抗議し、廃案を求める

 政府は4月8日、大学教員に任期制を適用するための法律案を、閣議での決定を経て、ただちに国会へ上程しました。任期制の導入を求めた昨年10月の大学審議会答申以降、大学における研究・教育の発展の視点から、また、憲法・教育基本法および現行の労働・公務員法制に抵触する可能性など、幾多の根本的な問題点が指摘され、性急な法制化に反対する声が広がってきていました。私たちも加わって、去る3月3日、県内4大学、14名の呼びかけ人の提起に370名余の賛同を得て「大学教員の任期制の法制化に反対する鹿児島県大学人の声明」を発表し、教員の身分を原則的に「期限付き雇用」という形態に変える今回の施策に懸念を表明したところです。
 答申に至る過程でも、国立大学協会、私立大学団体連合会、さらに大学基準協会などから、学問研究の自由を尊重するという視点の欠落や、教員の身分保障が不安定なものになった場合の人材難、さらに長期的な視野を必要とする学術文化の発展への支障といった懸念や批判が相次ぎ、慎重な審議を要望する声が広がっていました。こうした各方面からの疑問や主張を全く顧みずに法制化が強行されようとしていることについて、私たちは政府の姿勢をきびしく批判せざるを得ません。
 今回提出された法案では、任期制が該当するものを、(1)先端的、学際的または総合的な教育研究が行われる組織などにおいて、多様な人材が求められる場合、(2)自ら研究目標を定めて研究を行う助手、(3)特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う場合の3種類に限定しています(第4条)。しかし、後の二者にくらべて第1号の規定は例示された特性が抽象的で、解釈もまたかなり恣意的になし得る余地をもったものになっています。大学審答申の特徴だった、すべての大学教員を対象に、一定の期間、すなわち任期満了のたびに再任するか否かを審査しようという考え方が、このたびの法案に色濃く反映したことが指摘できるでしょう。
 このような制度のもとでは、継続性と計画性を必要とする、学生の個性に応じた教育や、将来を担う若手研究者の成長はもとより、中長期的視野にもとづく独創的で萌芽的な研究もまた困難になることは、火をみるよりも明らかです。雇用期限や審査をたえず意識させられることによって、研究テーマの設定や研究計画の構築、ひいては研究の質的な水準などにまで影響が及ぶことは必至です。任期満了時の審査に関して、「公正な基準やプロセス」についての議論を欠いたままでは、かえって一面的で恣意的な業績評価がまかり通る可能性も大きく、教育・研究を活性化させるどころか、真理追究の場としての大学を荒廃させるきっかけともなりかねないのではないでしょうか。
 大学教員の身分保障の根拠のひとつは憲法23条の「学問の自由」にあり、教育基本法や教育公務員特例法によって、教員の適正な待遇の必要をうたっているのは、職責の遂行と学問・研究の自由、そして大学の自治が不可分の関係にある重要なものと考えられてきたからでもあります。さらに、近々ユネスコでは「高等教育教職員の地位に関する勧告」が採択される予定で、そこでは、学問の自由と「在職権」など雇用の継続性の関係の重要性がとくにうたわれると言われています。まさにこの時期の政府・文部省による法制化の強行は、こうした国際的な動向にも逆行する、見識を欠いた不当なものと言うべきでしょう。
 私たちは以上の懸念や疑問から、任期制導入を急ぐ政府の姿勢および今回の法案を断じて容認することはできません。政府に対しては同法案の撤回を求めるとともに、国会においては、十分に審議の上、問題点を広く国民の前に明らかにした上で明確に廃案とするよう強く求めるものです。

1997年4月30日

鹿児島大学教職員組合
日本科学者会議鹿児島支部

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1997年04月26日

宮崎県内大学・高専交流会での任期制反対アピール

(出所)都大教ホームページより

宮崎県内大学・高専交流会での任期制反対アピール

 4月26日,日本科学者会議宮崎支部・宮崎大学教職員組合・宮崎産業経営大学教職員組合・都城高専教職員組合の主催で,宮崎県内大学・高専交流会「大学の民主化と任期制について考える会」が開かれ,下記のアピールが採択されました.宮崎県内で私立大学も含めてこのような交流会がもたれたのは初めてのことです.集会の模様は翌日付の朝日新聞地方版でも好意的に紹介されました.
なお,宮崎大学では,任期制反対の署名数(全大教が取り扱い団体のもの)が,全学部(農・教育・工の3学部)で教員の半数を越え,大学全体では70%に達しています.

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大学教員任期制に断固反対する

 政府は4月8日に「大学の教員等の任期制に関する法律案」を聞議決定し、国会に上程しました。「大学教員の任期制」については、これまでにも大学関係諸団体が反対表明し、また「任期制」の危険性を指摘しているにも拘わらず、咋年のl0月29日に出された大学審議会答申以降、十分な論議もされないまま文部省が今国会への法案提出作業を進めてきたものである。われわれは、この法案がわが国の大学における教育・研究の質と機能を著しく低下させると考え、以下の理由により反対の意志を強く表明する。
 l.教員に任期を付けることにより、業績の作り易い短期間の研究に陥り、長期の時間を必要とする基礎的研究が衰退することになり、特に若手研究者の育成に支障をきたす。
 2.教員の業績評価が研究業績に限られる現状では、学生の教育が軽視され易く、教育機関である大学の本来の機能を低下させる。
 3.教員の任用に際し、大学管理機関の意向が強く反映され、人事が歪められるおそれがあり、学問の自由・大学の自治の形骸化が一層進められる。
 4.教員の身分や生活が不安定になることが容易に想像され、地方の大学では特に教員の確保が困難になる。
 5.任期制導入は、大学教員のみにかかわる問題ではなく、財界が日本の勤労者の終身雇用体系を有期雇用体系に変えていこうとする道への突破口となる。

l997年4月26日
宮崎県内大学・高専交流会
-大学の民主化と任期制について考える会-

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1997年04月25日

富山県大学等教員有志、大学教員等の任期制「法制化」に反対する

(出所)都大教ホームページより

大学教員等の任期制「法制化」に反対する

富山県大学等教員有志アピール

昨年10月29日、大学審議会は、「教員の流動性の向上による教育研究の活性化」をはかるためとして、「大学教員の任期制」導入のための法制の整備を答申しました。「十年一日の講義ノートで論文も書かない教授が住む『愚者の楽園』」(96年9月27日付朝日新聞社説)というのが日本の大学の一般的な姿であるとは思いませんが、現在の大学が、様々な問題に対して十分な自浄能力がなかったり、「ぬるま湯的」であることは否定できません。その意味で、「自己改革を怠り、外部から任期制という劇薬を処方される事態を招いた大学人は、不明を恥じるべきではないか。」(同社説)という指摘は真摯に受け止めなければならないと思います。しかし、いま準備されている任期制の「法制化」は、大学における教育研究の活性化に資するというよりは、むしろより多くの弊害をもたらすものであるとわれわれは考えます。

大学教員の解雇合法化につながる

文部省は、現在開会中の通常国会に、大学教員等への任期制の導入を可能にする法案を提出しようとしています。現行法制下では、大学教員に任期制を導入しようとすると、(1)国立大学教員に任期をつけて雇用することを禁じている国家公務員法・人事院規則、(2)1年以上の期間を定めた労働契約を禁じている労働基準法第14条(私立大学教員の場合)の2つに抵触するためで、おそらく特別立法という方法でその法整備をはかるものと考えられます。これによって、任期が切れた時点で大学教員を合法的に解雇することが可能になります。これは、戦前の反省に立ち、学問の自由と大学自治を守る上での重要な柱として戦後確立された、大学教員の身分保障を制度的に崩壊させるものです。すべての職階を対象にする任期制は世界に例がない
 大学審議会答申は、任期制の対象教員について、「制度上は、教授から助手まですべての職を対象にし得る」としています。すべての職階を対象とするような任期制は世界に例がなく、労働者・生活者としての大学教員の身分は極めて不安定なものになります。

任期満了と同時に退職が原則に
任期制が導入されても、「一定の研究業績等の基準を達成していれば再任される」という理解が一般にはなされているようですが、大学審議会答申は、任期切れ後の再任について、「再任とは再びその職に採用するということであることから、通常の採用手続きに基づき、選考を行うことになる」と述べています。これは、任期切れと同時に退職が原則で、教授から助手までのすべての職を対象に、任期切れ毎に、一般公募して、そのポストの選考を一からやるということです。それまでその職に就いていたからといって優先されるわけではないのです。

大学教員のリストラの手段にされる
任期切れと同時にそのポストが改組等でなくなってしまった場合は、同じポストに再任されることはなくなります。これを悪用すれば、大学教員のリストラを合法的にやることができます。18歳人口が減少し、大学が生き残り競争に突入している現在、任期制が「法制化」されれば、私立大学を中心に、大学教員の大規模なリストラの嵐が吹き荒れることは必至です。国立大学の民営化の動きも出てきている中、国立大学教員のリストラもないとはいえません。

大学の教育研究は疲弊する
任期制による大学教員の身分の不安定化は大学の教育研究に何をもたらすでしょうか。
(1)優秀な人材が大学に集まらなくなる
分かりやすく言えば、大学教員は、住宅ローンも組めないような不安定な職業になるわけですから、優秀な人材が大学に集まらなくなり、大学の教育研究を人材面から掘り崩すことになります。
(2)地道で息の長い研究ができなくなる
文科系など、分野によっては研究の質を評価する基準が必ずしも確立されていない現状の下では、もっぱら業績の量を追求する悪しき業績主義がはびこることが危惧されます。また、任期中に形になる研究業績をあげることが求められるため、大学でなければできないような、地道で息の長い研究ができなくなり、長期的にはわが国の研究に退潮傾向をもたらすことになるでしょう。
(3)教育がないがしろにされる
教育活動の評価は研究業績以上に評価が困難であり、また、その成果は外からは見えにくいものです。したがって、学生教育に注ぐ労力は最低限に押さえて、あとはすべて研究業績づくりに励むという研究偏重・教育軽視の風潮が広がることが危惧されます。一つの大学に腰を据えて、熱心に学生教育に当たるような教員はいなくなるのではないでしょうか。大学院の博士課程などでは、5年間の在学中の途中で指導教官が他大学へ移動することなども頻発することになり、継続的な学生指導などできなくなります。

真に教育研究を活性化するためには
教育研究を活性化するためには、国立大学でいえば、低く押さえられてきている基礎的研究費や、国内学会に1回参加できるかどうかの研究旅費の増額、諸外国と比べて極端に少ない研究補助員の配置の改善等、物的、人的条件の改善が必要なことはいうまでもありません。しかし、最後は、われわれ大学教員の努力如何にかかっているといわなければなりません。そして、大学全体としての教育研究の活性化は、学生教育のあり方や改善方策、研究業績の公正公平な評価方法、採用人事・昇任人事における選考のあり方などに関して、われわれ大学教員が不断に自己点検を行い、改善の努力を積み重ねていくなかでしか実現できないのではないでしょうか。教育研究の活性化とは、本来、各大学におけるこのような自律的自発的営為の中でこそ遂行されるべきものであると考えます。大学教員の身分を極めて不安定なものとする任期制「法制化」は、学内行政への無関心や教育軽視の風潮を助長するものでこそあれ、教育研究の活性化に資するものだとは思われません。われわれは、以上の立場から、大学の学問、研究、教育の発展を阻害する大学教員の任期制「法制化」に強く反対するものです。

1997年4月25日
呼びかけ人
富山大学
人文学部
梅村智恵子(教授)中純夫(助教授)中河伸俊(教授)中本昌年(教授)永井龍男(助教授)丹羽弘一(講師)矢澤英一(教授)若尾政希(助教授)
教育学部
淡川典子(助教授)榎沢良彦(助教授)椚座圭太郎(助教授)内藤亮一(助教授)広瀬信(助教授)室橋春光(教授)山根拓(講師)横畑泰志(助教授)渡辺信(助教授)
経済学部
飯田剛史(教授)小倉利丸(教授)角森正雄(助教授)小松和生(教授)坂口正志(助教授)篠原巌(助教授)竹川愼吾(教授)堂谷昌孝(助教授)星野富一(教授)
理学部
川崎一朗(教授)小林武彦(教授)近堂和郎(助教授)鈴木邦雄(教授)竹内章(助教授)浜本伸治(教員)安田祐介(教授)山田恭司(教授)
富山工業高等専門学校
岩井正雄(教授・教職員組合委員長)田島俊彦(教授)
以上36名
賛同者
富山大学、富山県立大学、富山国際大学、富山女子短期大学、富山工業高等専門学校教員339名(含呼びかけ人)。内、富山大学、富山工業高等専門学校については、過半数の教員の賛同を得た。大学教員への任期制の導入は、大学教員の身分を不安定にするとともに、大学の教育研究に重大な悪影響を及ぼすことが懸念されます。われわれは、大学教員の間での合意形成をまったく行わないままに、現在国会に上程されている「大学教員等の任期に関する法律案」を強行成立させることに強く反対します。
事務局930富山市五福3190/富山大学教育学部/広瀬信/TEL・FAX45-6366


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大学教員の「任期制」法制化に反対する三重大学教員アピール

(出所)都大教ホームページより

大学教員の「任期制」法制化に反対する三重大学教員アピール

 政府はこの4月8日、大学教員に任期制を導入するための法案を国会に提出しました。
この法案は、大学教員に数年の任期をつけて雇用する制度を可能にしたものです。任期を定められて任用(採用・昇任・配置換えなどを含む)された教員は、期限が来たらいったん退職となり、あらためて公募等による「採用審査」に合格しなければ再任されないことになります。任期付き教員が採用されるポストは、きわめて恣意的に決められる可能性があり、実質的にはすべての教員にひろげていくことができるものです。たとえば現在の教員が昇任したり他部局へ配置換えになったりする際にも適用されることが十分起こりえるものになっています。大学教員の驚くべき「解雇法案」といえるでしょう。
 大学が研究教育を活性化させ、社会的な責任を果たしていくことは私たちの願いです。その意味で、現在大学の研究教育活動は問題を多く抱えているといえます。大学の研究教育活動を活性化させたいという善意の素朴な「任期制賛成論」も配慮されなければならないのも事実です。しかし、法案やそのもととなった大学審議会の答申がいうような、問題の根本が「人事の停滞」にあり、したがって人事の流動性を高めなければならず、そのために任期制を導入するという論理にはにわかにはうなずけません。私たちは任期制の導入が、次に述べるいくつかの点から、大学に大きな弊害をもたらし、問題の解決をかえって遅らせるものと懸念し、強く反対を訴え、法案の撤回を求めるものです。

1.大学の研究教育をほんとうに活性化させるためには、直接学生や地域の人々、国民の声を汲み上げながら、私たち自身の創意と熱意を集約していく大学のシステムを創り上げていく教員の努力がまず何よりも重要でしょう。これまでも私たちは共通教育や専門教育の改革、あるいは三重県や国連といった地域社会や学外機関との共同研究などにとりくんできました。こうした努力をいっそう多様にまた広範に進めていく意志をもっています。そしてそのためにこそ研究費や研究旅費、施設・設備、事務職員や技官といった研究支援体制など、予算と定員をそれにふさわしく充実させることが必要です。
2.任期制のもとでは、大学教員の身分と生活が不安定なものとなり、安心して研究教育に専念できなくなります。そのため継続的、系統的な教育研究の基盤が揺るがされ、長期的な活動のうえに成果が現れるような基礎的研究や独創的研究、あるいは地域に根ざした研究はむしろ衰退します。身分保障のない大学にはかえって有為な人材が集まりにくくなるでしょう。その結果、ほんとうに地域や国民に貢献しうる学問研究の発展が阻害されてしまいます。
3.「任期制」のもとでは、今以上に、業績の適正、公平な評価がなされず、若手が研究教育内容について自由な発想で発言していく雰囲気が抑えられ、短期間で論文の量を競うような「業績主義」が蔓延することが予想されます。そうなれば、系統的な学生教育に対する手抜きも生まれます。そのことは地域や国民の声を反映させる努力に水をかけることになります。それが国民にとって大きな損失となることは明らかでしょう。
4.「任期制の導入は大学の選択による」とされています。しかしこれまで私たちが経験してきた大学改革の経緯から考えても、また法案のもとになった大学審議会の答申が「導入する大学には財政的な措置をとる」ことをはっきりうたっていることからみても、いったん法制化されれば、実質的には導入を強制されることは間違いないでしょう。そうなれば、大学の研究教育活動にとって本質的に重要な「権力からの自立」が今以上に脅かされることになります。
5.この法律は、「1年以上の期限をつけて雇用する」ことを禁じた労働基準法の精神を崩すものであり、これが突破口となってすべての労働者の「任期つき雇用」に道を開くおそれがあります。
6.ユネスコが今秋に採択を予定している「高等教育教職員の地位に関する勧告案」には、「終身在職権は学問の自由を保障するために不可欠である」と謳われています。研究者を競争させて「課題」をこなさせようとするムチの発想ではなく、学問研究の自由を保障しつつその能力を最大限発揮させるにはどうするかが考えられなければならないでしょう。たとえば、若い助手時代には必ず一年以上の研究留学を保障するなどの施策の方が、「任期」をつけるよりもはるかに有効なはずです。今回の「任期制」の法制化は、そのような教員の地位確立と研究条件や待遇の改善をはかっていく世界的な趨勢に逆行します。

 以上のように、今回の「任期制」導入のための法制化は、私たち大学人にとっても、そして国民にとっても重大な問題をはらんでおり、認めることはできません。私たちはここに三重大学教員としての意志を発表し、大学関係者ならびに国民のみなさまのご理解をお願いするものです。

1997年4月25日

三重大学教員有志
第1次賛同者
麻野雅子(人文)阿閉義一(工)泉琉二(教育)伊藤隆司(教育)
岩城俊昭(生資)上垣渉(教育)上野達彦(人文)内田富儀(教育)
大野研(生資)河崎道夫(教育)川島正樹(人文)児玉克哉(人文)
佐久間美明(生資)櫻谷勝美(人文)佐藤廣和(教育)佐藤年明(教育)
佐野和博(工)島津秀典(人文)関口秀夫(生資)高山進(生資)
武田明正(生資)田中晶善(生資)田中啓勝(教育)丹保健一(教育)
鶴原清志(教育)手塚和男(教育)冨野孝生(教育)那須弘行(工)
中村哲夫(教育)新居淳二(教育)西川洋(人文)西村智朗(人文)
野崎哲哉(人文)野田明(人文)波場直之(工)東晋次(教育)
平石賢二(教育)平田元(人文)平野喜一郎(人文)廣瀬英一(人文)
藤田達生(教育)星野貞夫(生資)本田裕(教育)松永守(工)
森俊一(人文)森脇健夫(教育)山田康彦(教育)山根栄次(教育)
渡邉守(教育)渡邉保博(教育)(五十音順)


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1997年04月18日

東工大職員組合、大学の教員等の任期に関する法律案の廃案を要求する声明

(出所)都大教ホームページより

大学の教員等の任期に関する法律案の廃案を要求する声明

1997.4.18
東京工業大学職員組合

大学教員任期制法案上程までの経過

 ここ数年、マスコミは大学教員に対して「黄色くなったノートを数十年間も授業で使っている」などとやゆする報道を繰り返し、「日本の大学教員は劣っている」との誤ったイメージを国民に広げました。こうした世論操作を背景に、文部省と大学審議会は、「大学の活性化」の課題の一つに任期制の導入をあげて検討を進めてきました。
 そして大学審議会は、一昨年9月、審議の「概要」を公表して意見を求めましたが、これには多くの大学教員や科学者、大学教職員組合、さらに国立大学協会、日本私立大学団体連合会、学術団体などが危惧を表明し、批判し、反対するなどの意見が出されました。しかし大学審議会は、これらを一切無視したまま昨年10月、「学生のニーズや社会の要請を踏まえた教育が行われていない、国際的な競争に耐え得る水準の研究成果が上がっていないなどの厳しい批判がある」との誤った認識のもとに、大学の活性化を図るためには任期制の導入が必要との答申を文部大臣に提出しました。
 その後法案作成に入った文部省は、反対運動が国民的に広がることを恐れて法案の内容を国会議員にも公開せずに隠し続けてきましたが、4月8日に法案を閣議決定し、国会に上程しました。ところが閣議前に国会議員に配布された法案と閣議後の法案では、法案の骨格である第1条の目的条項の内容が変更されており、文部省は、法案の修正を議員に配布した後に行うと云う醜態を演じ、法案の拙速さ、ずさんさを露呈しました。

文部省・大学審議会の大学教員に対する現状認識は誤っている

 大学教育に関しては、大学教員は多くの時間を割いて精力的な改革を進め、地道で着実な成果を上げてきています。さらに研究に関しては、カーネギー財団が行った大学の国際比較調査によれば、日本の大学教員は給与では11位、施設設備では12,13位にもかかわらず、研究業績では、学術論文、学会発表、講演会、学術書について多くの専門分野で1,2位であることが示されています。こうした事実を文部省・大学審議会が知らないはずもなく、大学教員がいわれなき「厳しい批判」に曝される理由などないのです。
 最高裁で合憲判断が示されている1年以上の有期限雇用を禁止した労働基準法を否定する法案であり、大学教員の身分保障を奪う「大学教員解雇法案」であるこうした答申をもとに上程された法案の第1条の目的では、「教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究活動の活性化にとって重要である…」としていますが、上述の通り、活性化を必要とする前提が誤っています。
 法案の第1条の後段では、「教員等の任期について必要な事項を定めることにより、…教育研究の進展に寄与することを目的とする。」とし、第2条4項には、「期間の満了により退職することとなる」としており、これは「大学教員解雇法案」と云えるものであり、最高裁で合憲判断が示されている1年以上の有期限雇用を禁止している労働基準法と真っ向から矛盾します。こうした手荒な手段を用いなくとも、教育の改革は進みつつあり、研究も不十分な施設・設備の下でも世界のトップレベルの成果を上げているのです。

憲法に保障された学問・思想の自由が脅かされ、教育公務員特例法に保障された大学の自治はさらに形骸化が進む

 学校教育法第五十二条には「大学は、学術の中心として、…深く学芸を教授研究し、知的、道徳的および応用的能力を展開させることを目的とする。」とあります。この目的の実現には、学問・思想の自由の権利を行使するとともに、大学の自治の担い手である教員の身分保障が不可欠です。任期制により教員の身分が脅かされれば、自由な学問も、その保障となる大学の自治も揺らぐことになります。

任期制法案は、大学だけでなく国民・国家にも「百害あって一利なし」

 任期付教員は短期に研究成果が要求されるため授業に充分な時間を割けず、教育の軽視が必然的に進み、ひいては独創性、創造性を持った有益な人材の育成を困難にします。任期制は、若手の優秀な人材確保を困難にし、過度の競争的環境による「悪しき業績主義」をはびこらせ、企業の商品開発型や技術開発型の無難な研究が一般化し、学理を究め事象の本質をしっかりと捉える独創性、創造性を持った研究者の養成を大変に困難にすることなど多くの弊害が生ずる危険があります。これでは財界が期待する「日本のビル・ゲイツの出現」も「新産業の創出」も望めなくなるでしょう。

乱暴な任期制法案の成立をなぜ急ぐのか?財界に開かれた大学づくりが狙い

 世界経済のグローバル化が進む下で、メガ・コンペティションに立ち向う財界は危機感を募らせ、その勝利に向けて、未踏領域の科学技術開発力を高めて高度情報化技術の開発や、新産業を創出することに求めています。そこに大学や国立研究機関の人材を総動員するために、科学技術基本法に基づく政府の科学技術基本計画(2000年までに17兆円の国家予算を投入)を呼び水に、大学教員・研究公務員への任期制導入を圧力に、産官学の技術者・研究者・教員の人材交流を急速に進めようとしているのです。

任期制法案は、助手だけでなく教授・助教授、全ての教員に任期の導入が可能

 法案の第3条で「任期を定めた任用を行う必要があると認めるときは教員の任期を定めなければならない」として、任期制の導入は大学で決められるとしていますが、この間の文部省の財政誘導による強引な行政指導を見るとき、自主的判断はまず不可能でしょう。さらに第4条では、教員を採用する場合、以下の3つの職に該当する場合は任期を定めることができるとしています。
1先端的、学際的、総合的な教育研究や、教育研究の分野、方法の特性から、多様な人材の確保が特に求められる職に就けるとき。
2助手の職で自分で計画して研究を行う職務に就けるとき。
3特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。
 任期制は、この3つ職に限定して適用するように読めますが、職の定義は抽象的で、すべての教員ポストに適用できる内容と読み取れます。

任期制法案は労働基準法の全面改悪への露払い

 現在、労働大臣の諮問機関では、財界の強い要望(「新時代の『日本的経営』」で打ち出している雇用形態の流動化)を背景に「労働法制の規制緩和」と称して、労働基準法の全面改悪が検討されており、その1つに有期限雇用の自由化が挙げられています。大学教員への任期制導入法案は、全労働者の権利の剥奪への露払い法案であり、抵抗の弱いところから突破してそれをてこに全面改悪することは許せません。

大学の活性化は、法律による強制でなく現場の人々のイニシアチブで

 本来、大学の活性化は、教育研究の現場にある人々のイニシアチブによって長期的展望をもって推進されるべきものであり、一片の法律によっては実現できず、ましてや、期限を切って解雇を強制できるこの法案では、かえって大きな混乱を招きます。政府・文部省がまず取り組むべきことは、研究条件を世界のトップクラスの水準に引き上げることであり、「大学教員解雇法案」などに精力を注ぎ込むことではないはずです。大学教員の身分を脅かし、教育研究の自由を奪い、大学の自治の形骸化を進め、労働法制全面改悪の露払いとなる「大学教員解雇法案」の廃案を強く要求いたします。


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1997年04月10日

富山大学教職員組合、声明「富山大学への教員任期制の導入に反対する」

富山大学への教員任期制の導入に反対する

富山大学教職員組合中央執行委員会
1997年4月10日

富山大学教職員組合中央執行委員会は、昨年12月の学長交渉における現学長の任期制に関する見解および、先頃閣議を通過したいわゆる「任期制法案」について、以下のような見解を中央執行委員会でまとめた。

96年12月の学長交渉における学長の見解に対する批判

はじめに
 昨年12月18日に行われた学長交渉において、小黒学長は、任期制導入について、「(大学審議会の)答申がでた以上、反対する、賛成するという問題ではない」と述べ、「国大協としては教員の流動性を高めるという大義名分には、逆らえない」という表現で、事実上任期制導入の流れには逆らえないとする立場を明らかにした。
 たしかに、任期制導入の動きは、大学審議会の答申として出され、さらに文部省は法制化のための具体的な作業をおこない、その法案が閣議を通過した現状をみたとき、任期制の法制化の危機が高まっていることは事実であろう。
 しかし、教員の教育、研究、生活の条件すべてにわたって根本的な変更を伴う任期制の導入を、大義名分には逆らえないとか、状況からいってその是非を議論している時ではないなどといってすますことはできない。任期制の導入が、文部省や大学審議会が主張するような、大学教員の研究・教育の向上をもたらすという見通しにどれほどの客観的な根拠があるのか、また、富山大学の現状からかかる任期制の導入が果たしてどれだけの意味があるのかについて、議論を重ねその是非も含めて判断する必要がある。
 大学審議会の答申でも法案でも、任期制導入は、大学全体に一律に行われるわけではなく、選択的任期制の導入という名目で各大学の実情に応じてその導入の意思決定は各大学に委ねられるとしている。その導入については、各大学の判断に委ねられるという内容になるはずであり、任期制の導入については、それを拒否することも受け入れることも、各大学の判断に任されている。とすれば、文部省の意向に唯々諾々として従うのではなく、富山大学として独自の意思決定をすることが可能であり、また、それがなによりも求められているのである。
 わたしたちは、昨年暮れの学長交渉における学長の判断をふまえて、現状において、また近い将来において、富山大学において、教員の任期制を導入する必要性はない、と考える。その理由を、学長交渉における学長発言への批判及びその他慎重に検討すべき課題に即して、述べる。

学長による現状評価について
(1)任期制導入が大学審の指摘する諸問題の解決策となる理由が示されていない大学審議会が指摘した大学の現状における問題点とは、教官の教育が学生のニーズ、社会のニーズに対応していない、国際的な競争に耐えうる研究水準が達成されていない、学生の知的好奇心を触発・持続させる充実した授業内容が少ない、伝統的な学問分野の枠組みにとらわれすぎた研究体制になっている、自由な競争的雰囲気の欠如、能力のある若手研究者の大学離れ、民間企業流出や海外流出が生じている、自校出身者比率が高く人材交流に乏しい、といった諸点である。わたしたちは、学長交渉において、上記の問題点を逐一とりあげて、富山大学の現状はどうなのかについて学長の判断を求めた。(富大職組ニュース38号参照)学長の評価では、部分的に妥当するとはしながらも、総じて緊急に改善しなければならない深刻な問題としての認識は示されなかった。また、任期制導入が富山大学が抱える現状の諸問題の解決に寄与するとする論理的な筋道も示されなかった。たとえば、任期制の導入が現状以上に学生や社会のニーズに対応できるものであり、学生の知的好奇心を触発する教育システムとなりうる理由は示されなかった。また、人事の流動化が現在以上に進展することによって、富山大学のような地方の国立大学において現在以上に優秀な人材が集まるという保証があるといえる理由についても、明確な発言はみられなかった。

(2)企業のリストラと同様、単なる財政支出削減策なのか
 しかし、学長は、企業のリストラを引き合いに出して、「国立の教官で何年も何もしていない人もいることは確かだ」と指摘した。これは、一般論として「国立の教官」を指しているのか、あるいは、富山大学の教官を念頭に置いているのか定かでなく、客観的な裏付けのある発言ではなく、学長の単なる主観的な感想であると理解している。
 企業のリストラは、コスト削減のために行われるものである。任期制導入もまた、文部省、大蔵省の財政支出削減策として行われるということなのであろうか。もしそうであるとすれば、大学審の答申ではこうした観点は全く示されておらず、非常に問題である。表向きは、大学審答申の理屈を掲げつつ、現実には財政支出削減策としての任期制の導入ということであれば、任期制導入を大学の研究・教育に意味あるものと評価する立場の教官、大学関係者をも裏切るものである。
 そもそも企業のリストラを大学の機構改革に当てはめることには大きな誤りがある。企業のようにコストを削減して利益を確保することが必要な組織のリストラは、「利潤」という基準があるが、国立大学のビヘイビアはそうした市場原理に支えられたものではない。研究・教育は、市場原理やそれに基づく競争原理によって評価しうるものではない。
 もし、企業のリストラを引き合いに出すというのであれば、わたしたちは、企業のリストラで優秀な労働者たちが職を奪われた多くの事例を想起せざるをえない。経営者の判断する優秀かどうかという基準はわたしたち働く者の立場に立つ労働組合が採用する基準にはなり得ないということを指摘しておきたいと思う。
 学長は、「国立の教官で何年も何もしていない人もいることは確かだ」と語っているが、何もしていない教員はいない。「何年も何もしていない人」という言い方は、多分「何年も研究業績を発表していない人」という意味であろう。しかし、こうした従来の教員への評価のあり方自体を大学審議会は批判していたのではなかったか。研究業績の数(質ではない)が少ない教員は、それだけをもって何もしていないとはいえない。教育活動の評価や、地域社会への寄与など多角的な視点での判断が必要なはずである。

いくつかの危惧すべき点
以上の他、学長交渉の席上学長から示された見解ではないが、大学審議会の答申に関して、以下の問題点を指摘しておきたい。
(1)教員評価は正しく行われるか
以上のように、任期制の状況に精通しているとおもわれる学長の場合ですら、教員の評価については、必ずしも正しい判断にたっているとは言えない。任期制が導入された場合、再任するか、任期切れで退職をすることになるか、という判断を常に行うことになる。特に、任期制のポストに採用されている教員が再任を希望しながら、人事組織では再任を拒否するといったケースが生ずることも大いに考えられる。こうした場合、いかにして公正な措置をとりうるか。少なくとも現状の人事制度ではこの点で問題がないとはいえない。
(2)財政支出削減策としての任期制導入でしかないのではないか
各部局等にたいして、現在定員削減の割り当てが行われているのと同じように、機械的に任期制ポストが導入されるおそれがある。これは、任期制による研究・教育効果についての適切な評価にもとづく導入とはいえず、人員削減や経費削減のための手段として任期制が利用されることになる。
(3)まず導入して、それから問題に対処するという危険性がある
教養部改組の場合、改組の決定が先行して、様々な問題が先送りにされたことで教養教育に大きな問題を残した。同様に、任期制導入でも、慎重な議論なしに、まず導入という大枠の方針を決定するといったやり方は、結果的に教員の犠牲を強いることになる。
(4)地方大学にとって、任期制導入はむしろデメリットになる
同じ地区に多くの大学が存在し、同一地域の他大学等へ転出する可能性のある大都市部とちがって、地方大学では、任期制を導入した場合、遠方への転居にともなって、研究・教育は完全に中断してしまう可能性がある。そのため、転出してしまえば、学生、院生への指導は中断し、学生への教育効果上は大きなマイナスとなる。また、研究成果をあげるのに長期の時間がかかるような研究は着手しにくくなり、地方大学における研究対象の選択の幅が大都市部の大学に比べて狭められることになる。

文部省による任期制法案について
大学審議会答申を踏まえて、4月8日に、文部省は任期制法案を閣議に提出し、了承された。この法案について、下記の点で問題があると考える。
法案の目的についての問題点
目的として、「大学等において多様な知識又は経験を有する者を教員等として確保すること」(第一条)とあるが、こうした多様で豊富な経験者の採用は任期制によってしか確保できない理由はどこにあるのか。こうした不安定な雇用でしかも給与等の条件も悪くなる任期制ポストで果たして「多様な知識又は経験を有する者」を確保することができるのであろうか。逆に、任期制は、優秀な人材の使い捨てにならないとも限らない。

任期制を導入するポストについての条項の問題点
(1)任期を定めることができる要件を第四条で定めている。その第一項で、「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性にかんがみ多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」とある。どのような学問であれ、「先端的」であることを目指すのは研究者として当然のことであるとすれば、すべての研究職に任期制が導入されるというこになる。また、最近の富山大学における学部改組、大学院設置等の中で、学際的な研究が重視されるケースが増えていることをふまえると、「学際的又は総合的な教育研究」への任期制導入条項は、新たな改組等にともなう任期制導入の根拠とされる危険性がある。
 同時に、「先端的、学際的又は総合的な教育研究」に取り組もうとする野心的な教員や、学部の専門教育分野の枠組に含まれない研究教育分野を担当する教員ほど任期制のターゲットとなり、不安定な身分を強いられるということになりかねない。
(2)同上第二項には、「助手の職で自ら目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容とするものに就けるとき」とある。あえて、助手というポストを指定する意味がどこにあるのか。法案の目的である「多様な知識又は経験を有する者を教員等として確保する」という趣旨と一体どのように整合するのか不明である。
(3)同上第三項には、「大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき」とある。任期内に終了する短期的なプロジェクトをどのように大学で決定し、どれだけの教官定員をかかるプロジェクトに振り向けるかといった現実の運営を念頭に置いた場合、従来の学部における研究教育システムの大幅な変更を強いることになる。本来、こうした短期的なプロジェクトを組んで研究者を招聘する場合に、教官定員を利用することには無理がある。むしろ客員研究員等に制度を充実させることが必要なのではなかろうか。
助教授以下のポストにいる現職にも導入される可能性がある
文部省による「法律案の概要」のよれば、任期制の導入は、「新たな任用(採用、転任、昇任等)を行う際に任期を定めることとする」と説明されている。とすると、現在助手、講師、助教授が昇任する場合、学部の改組等で他の講座等へ配置替えになる場合などの際に任期制が導入される恐れがあるということである。教授の場合も、そうした恐れがないとはいえないが、昇任はありえないので、その危険性はかなり低くなる。
 人事が教授のみを構成員とする人事教授会に委ねられている現状をふまえたとき、場合によっては、助教授以下の若手の構成員にとっては、今回の法案が成立した場合には非常に不利な立場に置かれる可能性がある。

まとめ
 以上のように、任期制については、大学審議会答申および文部省による法案ともに、多くの疑問点がある。法案にいたっては、審議会答申の内容とも食い違い、恣意的な運用が可能な曖昧な表現に終始しており、とうてい是認できる内容とはいえない。また、富山大学の現状を見た場合にも、任期制を導入しなければならない必然性は見当たらない。むしろ、任期制導入がもたらす研究教育上のデメリットの方が大きいと判断せざるを得ない。
 富山大学教職員組合中央執行委員会としては、大学審議会の答申、任期制法案に基づく任期制の導入は、教員の身分および研究、教育を著しく不安定にするものであると判断せざるを得ない。また、現学長との交渉でもこの点の危惧を払拭することのできる見解を得ることはできなかったと判断している。
 従って、富山大学教職員組合中央執行委員会は、現学長、次期学長候補、そして各学部の学部長にたいして、任期制法案の成立に反対し、また富山大学への導入を行うことのないよう要望するものである。
 大学教員に対する任期制導入の問題について、執行部としては以上の通り見解表明を行います。この見解内容に対してご意見、ご批判など有りましたら、ぜひ中執までお寄せ下さい。組合ニュースへの投稿も歓迎いたします。


Posted by 管理者 : 掲載日時 1997年04月10日 12:53 | コメント (0) | トラックバック (0)
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1997年03月28日

岩手大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する声明

大学教員の任期制法制化に反対する声明

1997年 3月28日

岩手大学教職員組合常任委員会

 大学審議会は昨年10月29日に「大学教員の任期制について」を政府に答申しました。政府は現在この答申を受けて、今期通常国会において特別立法をもって大学教員への任期制の導入を強行しようとしています。事態は予断を許さない状況となっています。

 答申は、任期制導入のねらいがあたかも「教育研究の活性化」や「若手教員の育成」にあるかのような言辞を弄していますが、その真のねらいは、大学における学問研究の自由を奪い、併せて大学の自治を奪い取り、国民のための大学から財界に奉仕する大学へと転換させることにあります。産官学共同ならぬ産官学一体化路線とでも言うべきものです。そのためにこそ特別立法措置を講じ、これまで公務員や教育公務員特例法あるいは労働基準法や学校教育法などによって築き上げられ、また、守られてきた教職員の身分保障と労働者の保護規定を否定し、大学教員の雇用に「規制緩和」を導入するということなのです。しかも、このねらいは大学教員に止まるものではなく、公務員一般ひいては労働者全体に押し広げられる危険性があり、従来の日本型雇用を解体し、いつでも解雇可能な労働市場を形成しようとするものに他ならないのです。

 そうしたねらいが隠されているからこそ、昨年9月に「審議の概要」が発表されて以来、国立大学協会をはじめ大学関係諸団体の意見は、明確に反対を表明したものや任期制の危険性を指摘し、導入に慎重さを求めたものがほとんどを占めているのです。例えば、国大協は任期制導入の問題点として、長期的な教育研究計画が困難になること、学問研究の自由が脅かされる危険性があること、業績主義に陥りやすいこと、再任を認めない場合失職するしかないことなどを挙げているのです。

 政府はこうした大学関係者の意見に耳を傾ける事なく、秘密裏に任期制の法制化を準備しようとしており、そのことは文部省が今もって法案の内容を一切明らかにしていないことにも現れています。

 私たちは、大学教員の「生活権」を奪い、大学における学問研究の自由を奪い、そして大学自治の崩壊を招きかねない「任期制法制化」を断固として認めるわけにはいきません。またこうした動きが、全労働者へと拡大される危険性を座視する訳にもいきません。特に、大学教員の権利や身分を不安定にすることによって、そうなりたくなければ競争しろとでも言うべき脅迫まがいの任期制は、私たちの研究教育の基盤とも言うべき人間性を冒涜するものであり、まさしく歴史を逆行させる行為であると言わなければなりません。

 岩手大学教職員組合常任委員会は、大学教員の任期制の法制化が大学教員や大学の有り様に、さらには日本の労働者全体や日本の将来にとって、極めて重大な危機をもたらすものであることを広く国民に訴えるとともに、「大学教員任期制の法制化」の反対運動を引き続き進めていくことをここに表明致します。


Posted by 管理者 : 掲載日時 1997年03月28日 12:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
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1997年03月11日

愛知教育大学教員、大学教員の「任期制」法制化に反対し、教育・研究条件の充実を求めるアピール

(出所)都大教ホームページより

大学教員の「任期制」法制化に反対し、
教育・研究条件の充実を求める愛知教育大学教員アピール

1997年3月11日

 大学審議会は昨年10月、大学教員への任期制導入を柱とする「大学教員の任期制について」を答申し、これを受けて文部省は「任期制」実施のための法制面の整備を含む特別立法を、現在開会中の国会に提出する状況にある。大学審議会の答申では、導入の理由として、教育・研究の「活性化」を図り、教員の「流動性」を高めることをあげている。
 しかし、教育・研究を前進させるためには、大学教員からの要求が強いサバティカル制度や大学間の教員交流制度の導入などが必要であり、何よりも、教職員の増員と施設設備の充実および恒常的研究費及び研究旅費の増額と、大学におけるよりよい教育システムを構築するための機構改革やカリキュラム改革に関する自主的努力を尊重することこそが、大学の教育・研究を真に発展させる最善の道であることを強く訴えるものである。

 この20年間、愛知教育大学における教員一人当たりの研究費は、ほとんど横ばいの状況であり、経常的経費を差し引くと実際に研究に使える費用はきわめて乏しく、研究交流のための旅費にいたっては学会出席一回分に過ぎない。そして、各教員は90分の授業を平均で一週あたり6回も行っており、その合間をぬってわずかな研究時間を確保している有り様である。また、8次にわたる定員削減によって、事務系職員は約25%も削減され、労働は多様化・過密化し、大学をとりまく教育研究支援体制が急激に悪化しつつある。
 「任期制」の導入は、こうした劣悪な状況を放置したままで、大学教員の間に短絡的に競争原理を持ち込み、いたずらに論文数や著作数を競わせる「業績主義」を煽るものでしかない。また「任期制」は、数年間の研究成果の評価によって運用されるため、長期に継続してはじめて成果があがるような研究を切り捨てるものである。「任期制」法制化は、「学問・研究の自由」「大学の自治」を形骸化させ、大学教員の教育活動への取り組みを弱体化させるものである。この結果、「学術の中心として、広く知識を授ける」大学の機能が著しく損なわれることになり、「任期制」法制化は到底容認できない。
 「再任」の手続きは「採用」の手続きと同等と「答申」で明記していることからも、実質的には「任期制」が「期限付き雇用」後の「再任不可=解雇」につながるものである。職業としての教員の身分が不安定になり、長期的生活設計が出来なくなるなど市民的生活の基盤すらも奪うものである。本「任期制」が、小・中・高などの教員や公務員、ひいては民間企業への数年間の「期限付き雇用」導入の露払いの役割を担っていることも決して看過出来ないことである。
 私たちは、愛知教育大学の教員として、以上の理由から大学教員への「任期制」の導入とその法制化に強く反対するとともに、その危険な内容を広く学内外にアピールするものである。

賛同署名者数全教員301名中220名(1997年3月11日現在)
内氏名公表可とする者175名(50音順)

青嶋敏(民法学)阿形健司(教育社会学)浅野和生(西洋美術史)
荒井保治(独文学)有田節子(日本語学)安藤重和(日本古典文学)
池田義昭(解析学)石川宗雄(物理化学)石黒宣俊(中国近代思想)
石戸谷公直(位相幾何学)石原伸哉(公衆衛生学)石丸博(政治社会学)
磯部洋司(美術科教育)市橋正一(園芸学)伊東良郎(細胞学)
稲毛正彦(無機化学)今井正之助(日本古典文学)岩井勇児(教育心理学)
岩崎公弥(歴史地理学)岩松鷹司(発生生物学)植村英明(確率論)
魚住忠久(社会科教育)牛田憲行(素粒子物理学)有働裕(国語科教育)
宇納一公(彫刻)梅澤由紀子(音楽教育学)梅下隆芳(経済政策論)
浦田敏夫(解析学)浦野隼臣(地球化学)遠藤透(鋳金制作)
大沢秀介(英米哲学)太田弘一(園芸栽培学)太田稔(数学基礎論)
大西研治(機械工学)大西友信(民族音楽学)大村恵(社会教育学)
大和田道雄(大気環境学)岡出美則(体育科教育)小笠原節夫(人口地理学)
岡本勝(日本近世文学)小川秀夫(情報工学)尾崎俊介(米文学)
折出健二(生活指導学)甲斐健人(体育社会学)春日規克(運動生理学)
加藤祥子(被服構成学)加藤正義(機械工学)金森正臣(動物生態学)
金光三男(代数学)川口杲(デザイン学)北野英己(遺伝育種学)
木村博昭(中国書道史)清田雄治(憲法学)日下部信幸(被服学)
久野陽一(英文学)栗原一身(器楽)黒川建一(保育内容論)
劔持淑(英米文学)小泉直(英語学)小竹聡(憲法学)
児玉康一(素粒子物理学)小寺平治(数学基礎論)小西英之(物理化学)
子安潤(教育方法学)近藤潤三(独政治史)斉藤秀平(社会教育学)
斎藤眞(臨床心理学)坂田利弘(公衆衛生学)佐古井貞行(消費社会学)
佐々木守寿(応用数学)佐藤彰(建築史学)佐藤勝利(臨床心理学)
佐藤豊(中国哲学)佐藤洋一(物性物理学)佐野竹彦(知能心理学)
澤武文(天文学)澤正実(発生学)澤田徹郎(社会学)
寺中久男(物性論)渋谷克美(西洋哲学史)清水秀己(電気工学)
清水秀美(教育心理学)新行紀一(日本中世史)新山王政和(音楽科教育)
菅沼教生(植物生理学)杉浦孜(地球化学)鈴木剛(教育哲学)
鈴木英樹(運動生理学)鈴木眞雄(教育心理学)鈴木将史(確率論)
住友陽文(日本現代史)芹澤俊介(植物分類学)鷹巣純(美術史)
高橋丈司(教育心理学)高橋裕子(保健教育)田口尚之(中古文学)
竹内謙彰(発達心理学)竹内登規夫(職業指導)田平誠(気象学)
辻村真貴(水門学)土屋武志(社会科教育)筒井清次郎(体育心理学)
塘耕次(中国哲学)坪井由実(教育行政学)寺本潔(地理教育)
遠西昭壽(理科教育)鴇田信男(西洋音楽史)道木一弘(英文学)
永井輝雄(教育制度学)中川洋子(声楽)中島清彦(錯体化学)
中田敏夫(社会言語学)中田直宏(作曲)中津楢男(情報工学)
中野靖彦(教育心理学)中村喜美子(家庭看護学)中村正廣(米文学)
永冶日出雄(比較文化論)仲山進作(美術鋳造)長井茂明(被服材料学)
長沼健(分析化学)西宮秀紀(日本古代史)西村敬子(食物学)
丹羽晧夫(美術教育)沼田隆(宗教学)野沢博行(銅版画)
野地恒有(日本民族学)野田満智子(生活科学教育)野田三喜男(応用物性)
橋本到(統計力学)橋本尚美(家庭科教育)羽渕脩躬(生化学)
林剛一(声楽)林誠(代数学)早瀬和利(栄養学)
原口芳明(臨床心理学)樋口一成(工芸教育)久田晴則(英文学)
平田賢一(教育情報学)福田雅一(分子生物学)藤井浩之(教育方法学)
藤江充(美術教育)藤本博(国際政治学)舩尾日出志(社会科教育)
堀内久美子(養護教諭論)前田勉(日本思想史)松下淑(特殊教育学)
松田猛(金属物理学)松田正久(素粒子論)三浦浩治(表面物理学)
見崎恵子(西洋経済史)水谷俊二(声楽)南守夫(独現代文学)
南曜子(音楽教育)三宅明(岩石学)三宅正彦(日本思想史)
村岡眞澄(体育学)目黒克彦(中国近代史)森重義彰(ロシア教育史)
森山昭雄(自然地理学)矢崎太一(低温物理学)安武知子(理論言語学)
安本太一(計算機科学)山口匡(教育哲学)山下茂(独文学)
山田綾(家庭科教育)山中哲夫(仏文学)山根真理(家族社会学)
横山信幸(国語教育)吉岡恒生(教育心理学)吉田正信(日本近代文学)
渡邊和靖(日本思想史)渡邊籐逸(確率論)渡邊雅弘(政治思想史)
SuzanCollins(英語学)

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1997年03月10日

京都大教官有志、大学教員任期制法制化に反対する緊急声明

(出所)都大教ホームページより

大学教員任期制法制化に反対する緊急声明

 大学審議会は1996年10月29日「大学における教育研究の活性化」を理由として、「大学教員の任期制」導入のための法改正を提言する答申を文部大臣に提出しました。政府はこれに基づいて現在開かれている通常国会に任期制法案を提出する見通しになっています。これは「問題点を指摘するもの」として慎重な対応をもとめた国大協意見(95年11月)や全大教、私大教連の反対声明等をほとんど無視しての強行です。また井村京大総長が大学審議会の当該部会である組織運営部会の構成員であるにもかかわらず今日まで京大学内ではほとんど議論がなされず、最終答申が決まった現段階でそのたんなる追認を求めるかのような総長の姿勢も大学運営の上で大きな疑問を感じざるを得ません。こうした大学人の十分な討議とはほど遠い状況の中での強行です。個々の教官には十分その内容が周知されているとは言い難いのではないでしょうか。そんな中でこれからの大学とその構成員に決定的な影響を与える法案が上程されようとしているのです。
 わたくしたちは、次の諸点でこの法改正を大きな問題ありと考えています。
1)各大学・一部局による「任期制の選択的導入」は現行法制でもできるし、また現に行われている(「紳士協定としての任期制」)。これによつて人事交流の目的は十分達せられるのに、答申は、しゃにむに法改正に突き進んでいる点。
2)公正な審査体制がなければ多くの紛争を引き起こし、また学問の自由を危険にさらすなど制度的な欠陥のおそれが大きいにもかかわらず、答申はその点の十分な検討ないこ法改正に突き進んでいる点。
3)「任期制導入」一をする大学への特別予算など財政誘導を明言している点。これは自主的な導入に反します。
4)「自主的選択的導入」をうたいながら「導入」決定の権限を学長に与えようとしている点。各部局・各分野による事情を無視し、対応を強制するおそれが十分あります。
5)この法改正が国家公務員法・人事院規則の一般規定を変えるものであり、また労働基準法の全面改悪の動きと運動して出されてきているため、極めて解雇されやすい雇用制度である「期限付き雇用」を社会全体に広めるおそれが大きい点。

 以上のようにこの問題は大学教官ばかりか全公務員、民間企業労働者など社会全般に大きな影響を与える問題なのです。それにもかかわらずそうした影響についても全く考慮することないこ大学教員だけの問題という外観で法改正が強行されることにも大きな危惧を感じます。
 わたくしたち京都大学教官有志は、こうした諸問題をもった今回の法改正の強行に断固反対の意思を表明します。大学の教育研究の活性化は、基本的な教育研究基盤の充実と、自由と責任の自覚、社会に開かれた大学の役割を日常的に実現していくことによってもたらされるのであり、よりよい大学づくりのために大学入自身の討議を一層高めて行かなくてはなりません。

 そこでわたくしたちは連名により声明します。
〇わたくしたちは、大学の教育研究の活性化をもたらさず、多くの弊害につながる大学教員任期制法制化に反対する。
〇わたくしたちは、教育研究の活性化と社会により開かれた大学づくりのための大学人員身の運動を進めていくことを決意表明する。

呼びかけ人=齋藤衛(理学部教授)・西牟田祐二(経済学部助教授)・森田明弘(理学部助手)
賛同者氏名
 ●総合人間学部 木村崇 高橋眞 田中真介 林哲介 松木敏彦 松島征 
湯山哲守 渡邊雅之
 ●大学院文学研究科・文学部 池田秀三 上原真人 清水御代明 高橋克壽
 高橋慶治 長谷正嘗 服部良久
 ●大学院法学研究科・法学部 岡村周一
 ●経済学部 今久保幸生 大西広 岡田知弘 近藤文男 樫由忠衛 佐藤進
 下谷政弘 中居文治 中野一新 西牟田祐二 堀和生 若林靖氷 渡邊尚
 ●大学院理学研究科・理学部 有賀哲也 井川淳志、尾池和夫 太田耕司 
大見哲巨 加藤重樹 神谷英利 木寺詔紀 木村佳文 小林芳正 根田昌典 
坂本宏 佐々木豊 斎藤衛 須藤靖明 高木紀明 瀧本清彦 竹本修三 筒井
智樹 富田克敏 西田利貞 西村敬一 平由龍幸 藤澤久雄 藤村陽 船越康
宏 逸見康夫 森哲 森田明弘 山田良透 吉村一良 吉村洋介
 ●大学院医学研究科・医学部 川西美智子 山本淑子 山本啓一
 ●医学部付属病院 酒井正彦
 ●大学院工学研究科・工学部 石川本雄 梅田吉邦 小笠原一禎 神田陽一
 秦和夫 中村貴志 松尾哲司 山本悟
 ●農学部 香川泰伸 北川政幸 高藤晃雄 野田公夫
 ●大学院人間・環境学研究科 松井正文
 ●化学研究所 鞠谷信三 高橋敞 柿木茂 綱島良祐
 ●人文科学研究所 高田京比子
 ●エネルギー理工学研究所 上田靜政
 ●防災研究所 上野鉄男 奥西一夫 許斐直 渋谷拓郎 堀口光章
 ●ウイルス研究所 竹田和正
 ●経済研究所 上原一慶
 ●数理解析研究所 玉川安騎男
 ●原子炉実験所 赤星光彦,岩本智之 海老沢徹 川本圭造 小出裕章 小林圭二
 代谷誠治 高田實弥 長谷博友 松山奉史 水間満郎
 ほか賛同者合わせて全132名(第1次集約分) *引き続き賛同者募集中。
                      京都大学教官有志
                      1997年3月10日
 お問い合わせ・連絡先: 京都大学職員組合 (753-7615)


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北海道教育大学教員有志、大学教員への任期制導入と法制化に反対する声明

大学教員への任期制導入と法制化に反対する声明

 政府・文部省は、大学審議会がさる1996年10月29日に総会において決定した「大学教員の任期制について」の答申を受けて、現在開会中の通常国会に任期制導入に係わる関連法案を提出する予定であるといわれています。
 1995年9月に大学審議会の組織運営部会が「大学教員の任期制について(審議の概要)」を発表して以来、国立大学協会をはじめ大学関係諸団体が意見を表明してきていますが、任期制導入に全面的に賛成する意見はほとんどみられず、その多くは、長期的な視野に立った研究教育計画を阻害する、アカデミック・フリーダムを脅かす、大学間に新たな序列化を生むなど、枚挙に暇のないほど危険性やマイナス面を指摘するもにでありました。
 「大学教員の任期制について」の答申も、これらの危険性や危惧を解消するものにはなっておりませんし、むしろ、否定的な側面が一層顕著になっています。その点は 、例えば、1月20日に大学審議会組織運営部会の特別委員も出席して開催された日本学術会議第2常置委員会主催の「大学改革と任期制」のシンポジュームでも、参加者のなかから任期制導入への疑問が多数表明されたことにも表れています。
 私ども北海道教育大学の教員は、大学間格差を拡大助長する文部・教育行政のなかにあって、とりわけ乏しい予算と定員のもとでの研究教育を強いられております。日頃の研究教育の営みを通して実感することは、大学における研究教育の「活性化」には、なによりも、十分な予算や定員の確保、研究教育にかかわる教員の身分と十分な賃金の保障、大学の自治の尊重こそが不可欠であるということです。
 任期制導入は、研究教育の「活性化」につながるどころか、むしろ、研究教育の発展を阻害するものであると言わざるを得ません。同時に、現行の労働基準法や国家公務員法、人事院規則などの実質改悪を伴う大学教員への任期制導入とその法制化が、単に「大学教員解雇法」となるにとどまらず、日本のすべての労働者に対する「解雇法」への糸口となることが憂慮されます。
 以上の諸点から、私ども北海道教育大学の教員は、大学教員への任期制導入に反対し、その法制化に係わる関連法案の国会への上程を取り止めるよう強く求めます。

以上

1997年3月10日
北海道教育大学教員有志 235名

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1997年03月06日

東北大学職員組合、声明「大学教員の任期制の法制化に反対する」

声明「大学教員の任期制の法制化に反対する」

1997.3.6 東北大学職員組合

 大学審議会組織運営部会は昨年9月同審議会に対して「大学教員の任期制について」と題する報告(以下単に報告として引用)を行いました。報告は各大学に通知されると共にマスコミなどにも取り上げられ、学内外で広く論議されつつあります。大学教員の任期制の法制化は、大学のあり方の根幹に触れる問題であり、本組合でも重大な関心を持たざるを得ません。

 報告の大要は以下のようなものです。
1、日本の大学は一般的に、a) 大学間あるいは大学と他機関との間の人事交流に乏しい、b) 自校出身者の比率が高い、c) 年功序列的人事が行われている、などの傾向がある。
2、人事の流動性が低いことは教育・研究の停滞を招くと共に、社会経済の変化に即応した大学の組織改編を妨げる要因となっている。
3、複数の教育・研究機関を経験することが若手教育・研究者のその後のキャリア形成にとって重要である。
4、人事の流動性を高めることにより大学の教育・研究活動を活性化するためには、任期制が効果的である。
5、任期制の具体的在り方として、a) 教授を含む全教員が対象となるが、特に若手教育・研究者に導入することが重要であり、b) 導入は各大学毎に行い、決定は評議会の議に基づいて学長などが行い、c) 研究業績の審査には外部の評価を参考にすると共に、教育業績についても考慮すべきであり、d) 任期制に積極的な大学に対しては財政的支援を行うことが望ましい。
 報告には多くの重大な問題が含まれています。この報告に対する本組合の見解を以下に表明致します。(以下の文中に(註)として出てくる数字は後註の番号です。)
1、報告は日本の大学が閉鎖的で停滞しているとの認識に基づいていますが、これは極めて杜撰な議論です。大学はその設置形態(国、公、私立、総合、単科等の区別)、規模、歴史などの点で極めて多様であるのみならず、専門分野(学部・学科の違い)においても多様です。このような対象を一律に規定することは殆ど無意味であり、詳細なデータに裏付けられた綿密な議論が必要です(註1)。
2、報告では大学の活性化のための最も有効な方策として任期制を考えています。しかしながら、大学における教育・研究の質を低下させている原因としては、財政的貧困、支援態勢(技官・事務官の定員)の不備、権威主義的組織運営などの方がより重要であることは夙に知られています。特に、教員の多忙化による教育の質的低下
が現在極めて深刻になってきていることに全く触れられていないことは大変遺憾です。
3、人事の停滞の原因として大学教員の終身雇用制を挙げていますが、これが主因であるかどうかについては大きな疑問があります。大学間あるいは大学と他機関(国立研究所、民間研究所)との間の人事交流を妨げている要因としては、他にも終身雇用制を前提とした給与体系(退職金や年金の体系を含む)、公務員と民間との間の給与体系の違い、世界に例を見ない程の住宅環境の貧困、高校生の転校に対する障壁、大学間の研究条件の格差、などがあります(註2)。
4、任期制の法制化には、日本社会における雇用形態・給与体系との整合性が密接に関わっています。従って、この制度の安易な導入は、その対象者の生活を危機に陥れることになり、ひいては若い優秀な人材を確保することを困難ならしめる虞れがあります。
5、良く知られておりますように、真理を探求をすること及びそれを学生に教授することにより継承・発展させることが大学の本来の使命です。勿論、現代の社会においては、高度な職業人の養成、研究成果の社会への還元、社会の諸問題(経済、文化、教育、科学等)に対する批評と提言、産業や地域社会に対する貢献等も大学に課せられた使命となっております。
  学問(すなわち真理の探求)における価値判断の基準は、その性格上、法律、習慣、権威主義、多数決などにおけるそれとは著しく異なります。すなわち、ある学問的成果(発見、学説、理論等)の価値を決めるのは、それが正しいかどうか、あるいは正しい場合には当該学問分野でその結果がどれだけのインパクトを持つかによ
ります。この判断基準の下では、学会の大ボスであろうと駆け出しの若手研究者であろうと全く平等です。この判断基準を厳密に解釈するならば、ある学問的成果の評価は歴史的にのみ定まると言わなければならなりません。事実、そのような事例は科学史上事欠かきません。実際問題として、研究費の配分や教員人事などにおいて研究者(教員)の評価が必要とされますが、その場合には当該学問分野の専門家集団による合議で行うことが次善の策となります。いずれにせよ、教育・研究者を評価することが矛盾をはらんだ作業であることを常に意識しなければなりません。
  以上のことから分かりますように、学問の価値判断には政治権力、宗教、その他いかなる外部勢力の関与も許されません。申すまでもなく、学問の自由(Academic freedom)は学問の本質的性格に根ざした概念として歴史的に形成されてきたものです。従って、学問の自由と法制化された任期制とを整合させることは極めて困難であると結論せざるを得ません。諸外国の例をみましても、日本の教授、助教授クラスに相当する教員ポストに任期制を設けている例は皆無です(註3)。
6、大学の諸機関(学部、学科、講座等)や学会における権威主義(いわゆるボス支配)が学問発展の大きな阻害要因であることは良く知られております(註4)。全教員ポストを任期制とすることが権威主義の打破につながるものと期待する向きが一部若手教員の中ありますが、この制度は権威主義を強化し、逆に若手教員を圧迫する手段として使われる可能性の方が大きいことに注意しなければなりません。
7、教員の教育研究活動を評価し、その評価に応じた待遇を与えることにより教員を励ますことは、その評価が適切である場合にのみ有効です。ところが前述のように、このような評価は言うは易く行うは難い種類の問題です。従って、「客観性」の美名の下に数量化(論文・著書数、海外渡航数、招待講演の回数、受賞回数、etc.)のみに基づいた評価がなされがちです。その場合、業績主義(註5)がはびこり、教育・研究の質の低下を促進することになることは必定です(註6)。
8、教育・研究に顕著な成果のあった大学・学部等を財政的に優遇することは必ずしも否定されるべきではありません。しかしながら、財政支援の目的が任期制導入を促進させるためであるとすれば本末転倒と言わざるを得ません。また、教育・研究の適切な業績評価が極めて困難であることを想起しなければなりません。
9、報告は若手の教育・研究者の人事交流の必要性に触れていますが、これについては異論はありません。しかしながら、大学における職階制としての助手について、任期制の立場のみから取り上げていることは問題です。大学における助手は、一部にポストドクター(註7)的なものも見られますが、その大多数は教育研究において大きな一翼を担っています。このような助手については講師として格付けし、その待遇を改善すべきであることは私たちが長らく主張してきたところです。
 以上のように、法制化に基づいて大学教員に任期制を導入することは大変危険なことであり、本職員組合はこれに対して強く反対するものです。大学内外の皆様におかれましては、私たちの真意をくみ取り法制化を中止させるべく共に運動されますよう希望します。
 前項の主張にも関わらず、現在の大学に様々な問題があることを私たちは否定するものではありません。本職員組合は、それらの問題の解決のために様々な運動を行ってきました。任期制との関連で大学の活性化が問題となっていますが、そのために現在必要と思われることを提言として以下に掲げます。これらの提言の一部は、これまでの組合運動の中で採り上げられてきた課題です。他方、現段階では試案であり、今後組合の内外で様々な観点から論議を深めるべきものもあります。
1、最近多少改善の動きが見られるとはいえ、長年続けられてきた校費の増加率抑制政策によりもたらされた教育・研究予算の逼迫状況は依然として深刻です。また、設備や建屋の貧困についても目立った改善はなされていません。さらに、長年続けられてきた定員削減政策によりもたらされた技官・事務官の不足は、危機的状況にあると言えます。これらの問題は一刻も早く改善されなければなりません。
2、大学の閉鎖性を改善し、人事交流を活発にするための方策としては次のようなものが考えられます。a) 他大学から転入する教員に対して住宅を貸与する、または住宅取得を補助するための「支度金」を支給する。b) 同じく研究費(例えば教授で5年間にわたり総額2,000万円程度)を支給する。
3、教育・研究活動を活発にする方策としては、次のようなものが考えられます。a)サバティカル(註8)制度を設ける。b) 教官一人当たりの旅費を年間20万円程度に増額する(註9)。c) 発表論文をレフェリー付きのプロシーディングス(註10)として出版するような国際学会に出席・発表する場合には年2回を限度とし旅費を支給する。c)個人で使用できる図書費を年間20万円程度支給する。
4、若手の教育・研究者の人事交流を活発にする方途としては、ポストドクター制度を充実させ、ポストドクターの地位を比較的安定的なものにすることが考えられます。例えば、a) 毎年の採用数がAcademic post(大学や研究機関の職のこと)の年間需要以上とする。b) 任期付きであることを考慮して、その給費は同一年齢の学卒者の平均給与の2倍程度とする。c) 任期は3年とし、8年まで再任可能とし、かつ再任率が9割以上とする。d) 全定員の7割以上についてはその採用権を大学や研究機関に与える。
5、現在の助手は漸次講師に振り替え、それに伴って助手のポストは全廃する。また、以後の講師採用の際の資格としては5年以上のポストドクターの経験を原則とする。
6、学問の自由を標榜する以上、大学にはそれに伴う自己責任が要求されます。大学としては当面次の諸点を実行すべきです。a) 大学はその活動を自己評価し、それを社会に対して公表すると共に、それに対する社会からの批判を仰ぐ。b) 教育・研究業績の合理的な評価制度を早急に確立し、教育・研究活動の活性化を促す(註11)。c)学内の諸機関は権威主義的運営がなされていないかどうかについて常に自己点検をする。d) 人事についてはプライバシーの許す範囲で最大限の情報公開を学内外に対して行う。

後註----------------------------
(1)一部のマスコミなどには、次のような戯画化された大学教授像に基づいた大学批判が見受けられます。すなわち、「学問的業績が殆どなくともトコロテン式に教授になることができ、教授となれば講義は十年一日の如く講義ノートを読み上げるだけでよく、講義の日だけ出勤するかあるいは逆に学内の権力闘争に毎日明け暮れていればよい」とした内容です。しかしながら、教授を含む大多数の大学教員は、毎日遅くまで仕事をし、あるいは仕事を家に持ち帰り、土曜日は勿論のこと時々は日曜日や祝日も出勤しています。事実これだけ仕事をしなければ、教育・研究の義務を満足に果たすことはできないし、(助教授及び助手の場合は)昇格することも困難です。ここで、大学教員には超過勤務手当が一切支給されないことも付言いたします。
(2)40~50代の教員の中には、他大学から昇格人事の話を持ち込まれながらも、これらの事情により二の足を踏んだ経験が一度や二度ある人はそれほど珍しくはありません。
(3)米国では、マッカーシズムの反省の上で教員の終身雇用制(tenure 制度)が一般化した歴史があります。(4)例えば、学会に於ける権威主義の弊害については、最近の薬事行政に於ける不祥事にも露呈されています。
(5)昇格や研究費獲得で有利になることを目的として教育・研究者間に業績競争が生じますが、特に数量化された部分での業績競争において抜きん出ようとする行動は業績主義と呼ばれます。平たく言えば点数稼ぎのことです。業績主義は学問の正しい発展に種々の弊害をもたらします。このような傾向は米国で顕著ですが、近年我が国でも目立つようになってきました。教育業績は研究業績より一層数量化が困難ですので、業績主義が高じると教育が著しくおろそかにされます。
(6)ある法律が制定された場合の効果とその法律の立法の意図とは必ずしも一致しないことは、米国に於ける禁酒法の歴史を持ち出すまでも無く、法律学の常識と言えましょう。
(7)ポストドクター制度(post doctoral fellowship)とは、博士の学位を持つ若手研究者に対して期間(2~3年)を定めて給費を与え、大学や国公立研究機関で研究に従事させる制度のことです。
(8)サバティカル(sabbatical)とは、大学教員に対して7年毎に
半年または1年間の有給休暇を与え、その期間休息したり国内外の大学を訪問・滞在(研究のため)したりすることを可能とする制度です。研究・充電休暇とも訳されます。
(9)現在東北大学では教官一人当たりの旅費は年間6万円程度ですから、3泊4日の東京での学会に一回出席しただけで無くなってしまいます。これでは、大学外との研究交流は自腹を切らない限り不可能です(但し文部省の科学研究費が支給されている場合は除く)。
(10)国際会議の後で刊行される発表論文集はプロシーディングス(proceedings)と呼ばれます。プロシーディングスは多くの場合学術雑誌の特別号として刊行され、掲載論文は通常号の論文と同様にレフェリーの査読が要求されます。
(11)教育・研究についての業績が奮わない教員に対して適切な処置をとることを含みます。


Posted by 管理者 : 掲載日時 1997年03月06日 12:51 | コメント (0) | トラックバック (0)
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1997年02月22日

任期制法制化に反対する東北地区大学教員共同アピール

大学教員の任期制法制化に反対します

 大学審議会は昨年10月29日に「大学教員の任期制について」という答申を決定し、それをうけて文部省は今国会に任期制の導入に必要な法案を提出する予定です。
 答申の趣旨は、大学教員に任期付雇用を付し、任期終了後再任されなければ教員の身分を失うという制度を導入し、それによって大学教員の流動化をはかり大学の研究教育を活性化しようとすることにあるとされています。  しかし、私たちには、任期制の法制化が大学の研究教育を活性化させるとは考えられません。むしろ大学の研究教育に混乱をもたらすおそれがつよいと考えます。
 任期制は事実上任期終了後の解雇を前提としたものであり、教員の身分はきわめて不安定になります。その結果、短期的に研究成果をあげようとする傾向を助長し、長期的視野にたった研究がないがしろにされるおそれがあります。本来、短期的に成果をあげえない研究分野もあり、任期制によってさらに基礎研究が衰退していく危険があります。
 また、答申は、任期制を導入するかどうかは各大学の自主的判断によるとしていますが、文部省の大学行政の最近の傾向をみるとき、いったん任期制の導入に必要な法制化がはかられるならば、大学の改変に関する許認可権や、大学の予算に関する裁量権を楯にした文部省による大学への干渉が強められることが懸念されます。
 大学の研究教育の活性化のために大切なことは、大学の多様で多面的な実情をもっとリアルに分析し、問題を一つ一つ洗い出し、それを解決していくことにあると考えます。私たちはそのための努力を重ねていく決意です。そして、このような視点からみて、慢性的な研究費の不足、学生定員増や大学職員の定員削減による大学教員の多忙化、設備の老朽化、大学間の格差などの問題の解決は活性化のために欠かせない条件であると考えます。
 私たちは、以上の立場から、大学教員の任期制法制化に反対します。

1997年2月
任期制法制化に反対する東北地区大学教員共同アピール呼びかけ人会

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1997年02月14日

埼玉大学職員組合、大学教員任期制の法制化に反対する

(出所)都大教ホームページより

大学教員任期制の法制化に反対する

埼玉大学職員組合執行委員会

 大学審議会は1996年10月に「大学教員の任期制について」という答申を出した。これは、前年に出された中間答申を基本的に継承し、任期制の「法制化」をより強化した内容になっている。埼玉大学職員組合は定期大会に於いて全会一致で「大学教員任期制の法制化」に反対の立場をとることを決議した。
 法制化に関して、大学審議会の構成員はシンポジウムなどで、「任期制を導入するに当たり現行法が妨げになるならば必要な法改正を行う。」、「現行法が任期制導入の妨げになるのならば、(導入しやすいように先行して)法制化を行うのがよいのではないか。」という程度の認識で答弁を行っている。また、「具体的にはどの法律をどのように改正するのか。どのようなことになるのか。」という問に対しては、「専門家でないのでよくわからない。しかるべきところで充分に議論されるだろう。」という無責任な態度である。とても「法制化」の持つ真の意味を考慮して議論したとは考えられない。
 東京大学・京都大学・筑波大学などの大学では、一部の部局において、現行法の下で任期を付けた大学教員の運用を実際に行っている。これらの大学の学長・元学長の中には大学審議会の構成員となっているにもかかわらず、この実例に関する詳細な内容は答申には認められない。「研究者の流動化」は大学教員の任期制導入の目的の一つである。一般企業において転職を考える際に最も妨げになっていることが、給与ならびに退職金の中断である。一般企業に比べて大学における研究者の異動が多い理由は、現行法における「身分保障」のためである。「法制化」はむしろ「研究者の流動化」を妨げることが充分に考えられる。大学審議会は、「大学教員の任期制について」という答申を出す際に最も重要であると考えられる、現行法での「任期制導入の事例」について触れることなく、法制化を行うために都合の良い答申を出したとしか考えられない。
 任期制導入の法案は1997年1月20日に開会された通常国会に「特別立法」の形で提出される見込みである。「法制化」に関しては多くの大学関係機関・団体から反対意見が出されているにもかかわらず、文部省は法案の内容を提出直前まで明らかにしないもようである。
 新聞報道によると、この「法制化」は国家公務員法・労働基準法などの大学教員の身分を保障した法律に関連し、いわゆる「大学教員の首切り法」となり得るとのことである。「再任を妨げない・・・」(答申)とあるが、大学審議会は、再任における審査機関や内容について具体的な答申すら行っていない。また、再任されても新任扱いとなる改正では、現行での大学教員の給与・退職金・年金の機能が全く失われる。大学教員を「一生活者」、「一労働者」と考えると、これは大学教員の「生活権」を奪うものである。また、大学や社会に対しては次のような問題点があげられる。
(1)大学自治の崩壊
 この「法制化」は大学自体にも危機をもたらす。大学は、教授会がその大学の運営に責任を持つという民主主義の機能する数少ない組織である。しかし、近年、この教授会自治もおびやかされてきている。「法制化」はこの教授会の構成員に直接およぶものであるので、さらに教授会自治を弱体化させる。大学が、アルバイト教員を雇い、教育・研究のみを行わせ、教官に大学運営を考える余地を与えなくなることで、「大学のコンビニエンス・ストア-化」や「理念の無い大学」を招くおそれがある。
(2)大学における学問の自由の喪失
 大学において、教員が自由にテーマを選び、自由な形態で研究を行ってきた背景には、大学教員の「身分保障」の担う部分が非常に大きい。学識経験者として、政府やいかなる権力にも屈することなく自由に意見を述べることができたのも、現行法による「身分保障」があってのことである。「身分保障」を失った大学教官は、「学問の自由」、そして社会に対しての「発言の自由」も失われてしまうおそれがある。「法制化」は、日本の将来の方向までをも左右すると言っても過言ではない。
(3)労働者全体への広がり
 日本の現行法において、その職務の遂行上の必要性から、身分が保障された大学教員に対する「首切り法」の導入は、大学教員を突破口にして労働者全体に波及することは充分に考えられる。現在、一般企業での「首切り」は「リストラ」という名の下に正当化されつつある。しかし、「首切り」は決して正当なものではない。大学では、教員の低い給与水準・少ない研究費・多種にわたる多忙な職務内容のもとで、「大学改革」という名の「リストラ」が進められつつある。「大学教員任期制の法制化」は、その「リストラ」に拍車をかけるようなものである。大学教員の「身分保障」は、労働者全体の身分保障の「砦」ともなるのである。
 埼玉大学職員組合執行委員会は、大学教員任期制の「法制化」が大学教員そして大学自体、さらには労働者全体・日本の将来にも大きな危機をもたらすことを広く訴えるとともに、「大学教員任期制の法制化」の反対運動を進めて行くことをここに表明する。

1997年2月14日


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1996年12月18日

愛知教育大学教職員組合、「大学教員の任期制」の法制化に反対する

(出所)都大教ホームページより

「大学教員の任期制」の法制化に反対する

1996年12月18日
愛知教育大学教職員組合執行委員会

 現在,大学教員に任期制を導入するための法制化の準備が進められている。この任期制は,大学の教育・研究を活性化することを名目として導入が企図されているものである。しかし実際には,このようなことには寄与しないものと私たちは考える。むしろ,自由で創造性のある教育・研究活動を保障する上で重要な教員の身分を根幹から掘り崩すものだと言わざるをえない。
 私たちは,こうした危険性をはらむ大学教員の任期制の法制化に反対の意思を表明するものである。


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1996年12月06日

東京農工大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する決議

(出所)都大教ホームページより

大学教員の任期制法制化に反対する決議

 大学審議会は1996年10月29日に大学教員任期制の法制化を内容とした"答申"を文部大臣に提出した。政府・文部省はこれを受けて、次期通常国会にも、大学教員の任期制法案を上程しようとしている。
 教員任期制の導入については、1995年9月に大学審議会組織運営部会が「大学教員の任期制についての審議の概要」を発表して以来、全大教、国公私立の大学協会など多くの関係団体より多面的な観点から疑問、意見等が表明されてきたが、文部省はこれらを押し切って強行しようと教員任期制法制化反対の運動は、いま極めて緊迫した事態を迎えている。
 教員任期制が大学で導入されれば、任期切れ教員の転職先が保証されない限り、事実上"首切り"となる。このような不安定な雇用形態は、教員の権利を著しく損ない、明確な憲法違反と言わなければならない。これは単に大学教員の問題にとどまらず、大学職員、国家公務員全体の身分保証を突き崩し、さらには労働基準法の改正と連動して、日本の全労働者の基本的権利の剥奪の第一歩となる重大な危険性をはらんでいる。大学における教員任期制の全面的導入は諸外国においても皆無である。アメリカで教授職に終身就職権(テニュア)が保証された背景には、マッカーシズムによる大学・教員への脅威からアカデミック・フリーダムを擁護する目的があったことを、いま歴史的教訓として思い起こさねばならない。
 政府・文部省は、教員任期制の導入により大学は活性化するとしている。しかしながら大学における教育・研究の活性化を阻んでいる最大の要因は、劣悪な教育・研究条件にある。すなわち1980年代以後の「行政改革」による無謀な教職員定数削減、教育・研究室の不足、施設設備の劣化等である。
 文部省は、こうした状況改善への各大学の予算要求に対して、いわゆる"財政誘導"という卑劣な手段を弄し、文部省の行政指導に従順な大学を優遇するかたちで権力的・誘導的な「大学改革」を押し付けてきている.教員任期制の導入についても、各大学の「自主性」に任せるという"選択的任期制"を建前にしつつ、利益誘導による導入を進めるであろう.政府は「国家的」プロジェクトに研究への重点的な配分を進め、このような行政の誘導に従順な大学と教員を優遇し、しだいに大学における教育研究の自由、教員の自由と権利、大学の自治、民主主義を奪っていく。
 いわゆる終身雇用制を基本とした日本で、大学教員のみにこの制度が導入されれば、大学教員のなり手となる若者は減り、その目的とする優秀な人材の確保は困難となる。また、多くの教員が短期間で結論を得やすい形の研究に走り、長期にわたる重要な課題研究の実施を阻害する要因となる(大学基準協会、95・11・22).さらに、学生への個別的な指導が長期にわたり継続的に行なわれるという、大学教員が担うべき教育上の本来的責務とは相容れないものである(大学基準協会、同)。こうしたことから、任期制の導入は、大学における教育研究の教育・研究の沈滞化を招く結果となるであろう。東京農工大学教職員組合は、大学教員の基本的権利を剥奪し、大学に置ける教育・研究の自由、大学の自治、民主主義に重大な障害をもたらす、大学教員任期制法制化に断固反対するものである。
 このため、本組合に『教員任期制法制化阻止闘争委員会』(仮称)を設置し、教育・研究の自由で民主的な発展と日本で働くすべての人々の生活と権利を守るため、大学教員、大学職員はいうまでもなく、広範な人々と連帯して教員任期制法制化阻止に向け戦う決意である。
以上、決議する。

1996年12月6日
東京農工大学教職員組合1996年度中央大会


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1996年11月22日

島根大学教職員組合、大学教員の任期制法制化に反対する決議

(出所)都大教ホームページより

1996年11月22日

大学教員の任期制法制化に反対する決議

 大学審議会は10月29日、「大学教員の任期制について」の答申を文部大臣に提出した。またこれにさきだって、7月に閣議決定された「科学技術基本計画では、国立試験研究機関の研究者および大学教官に対する任期制の導入がうたわれている。政府・文部省はその線に沿って任期制の法制化を進めようとしており、そのための法案を来春の国会に提出しようとしている。現在進められようとしている任期制は、プロジェクト研究等の必要性から各大学の自主的な判断によって従来から部分的に実施されていた紳土協定による任期制とは根本的に異なり、法的強制力によって一定の任期の後、大学教員を解雇することを可能にするものである。
 現在大学では、狭い研究・教育施設、不十分かつ老朽化した研究・教育設備、きわめて貧困な研究・教育費、定員削減による人手不足、これらに伴う超多忙化など、年々劣悪化する環境の中で、教員・事務員は研究・教育活性化のために日々大変な努力をしている。文部省は、こうした劣悪な研究・教育環境の改善に努め、日々奮闘する教員・事務官の待遇改善に努めるべきである。しかるに、大学の研究・教育の活性化のために必要な本質的解決をすることなく、大学教員の奮闘を無視して「大学活性化」の名の下に任期制を導入するなど、もっての外である。
 答申は日本の大学が閉鎖的で停滞しているという認識に基づいているが、大学は国、公、私立、総合、単科などの設置形態、規模、現在にいたる歴史等の点でそれぞれ異なり、また、専門分野において多様であり、一律に「閉鎖的で停滞」と規定することは無意味である。また、答申が「大学活性化」のためと称して打ち出している任期制は、上であげた研究・教育の質の低下の本質的要因を棚上げにして矛先をかわすもので、大学の活性化にはつながらない。また、このような雇用形態はアメリカ、ヨーロッパなどの諸外国を見ても例のない劣悪なもので、若い優秀な人材確保は困難となる。さらに、任期制が法制化されると学問の自由が保証されなくなり、研究・教育のポテンシャルが下がる。
 したがって、任期制は「大学の活性化」をもたらすどころか、大学の研究・教育現場を混乱させ、機能低下を引き起こすものである。島根大学教職員組合は、大学教員に対する任期制の導入・法制化に反対して、国公私立の設置の違いをこえて共同して闘うものである。また、真の大学活性化のために、校費大幅増額、設備・建物の改善・充実、技官・事務官の大幅増員、教員に対する研究費・旅費などの増額および待遇改善、若手教育研究者の確保のためのポストドクター制度の充実、を強く求めるものである。

島根大学教職員組合

「任期制」導入の諸問題を考える緊急集会

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1996年11月21日

千葉大学教職員組合、大学教員の任期制に反対する

(出所)都大教ホームページより

大学教員の任期制に反対する

1996年11月21日千葉大学教職員組合執行委員会

 大学審議会は10月29日に「大学教員の任期制について」と題する答申を行なった。答申は、大学における教育研究の「活性化」のために教員の「流動性」を高めることが必要であり、その方策として任期制の導入が有効であるという。しかしながら任期制は、現在の大学のかかえる問題を解決するどころか、逆に研究と教育のさらなる貧困化を招くものである。私たちは、いかなる形の任期制をも決して容認することができない。
 現在の大学における研究と教育が、十分に行なわれているとは私たちも思っていない。予算と人員が貧困なままで、大学改革の名のもとに課せられる仕事が増える一方であり、近年、大学教員の多忙化は著しい。このうえに任期制が導入されれば、短期間に成果があがるような研究テーマを選ぶようになり、基礎的な研究や長期的な展望のもとでの研究はおろそかになりかねない。いたずらに競争原理を導入し、表面上の「活性化」を追い求める先には、研究と教育の枯渇が待っている。研究費と定員の充実により、ゆとりある環境を整備することこそ、独創的な研究成果を生み出し、すぐれた人材を育成する唯一の道なのである。
 答申は大学教員の「流動性」を重視する。だれしも、自分の研究内容に見合った設備やフィールドのある環境へ移りたいものである。しかし、現状では研究・教育条件に関する大学間格差が存在し、あえて条件の悪い大学へ移ろうとするものはいない。大学間格差が解消されれば、対等な人事交流が増えることだろう。しかしそれは、あくまでも結果であり、「流動化」それ自体を自己目的化して任期制を導入するのは本末転倒である。なお、わが国の貧困な住宅事情も人事交流の障害となっていることを付け加えておく。
 答申は、「選択的任期制」が適切であるという。これは、任期制を導入するか否か、また、どの職種に導入するかを、各大学の判断にゆだねるというものである。しかし、これまでの大学政策からみて、新しい組織や定員の要求に際して任期制の導入が付帯条件とされかねない。そうなると「選択的任期制」も有名無実となる。任期制導入の理由のひとつとして、答申は「いったん教員に採用された後は、業績評価がなされないまま、年功序列的な人事が行われ」ているという。実際はそうではなく、助手をはじめ若手教員に対しては、昇任の際に業績審査が行なわれている。それにもかかわらず、答申は「特に、若手教員の育成の観点から、助手への任期制の導入は重要である」という。若手の育成のためというよりも、むしろ、若手の使い捨てのための任期制といわざるを得ない。
 答申は、任期制の導入にあたって「公務員関連法制や労働関係法制等との関係」について「所要の措置を講じることが必要である」という。すなわち、任期制は現行の労働法制に抵触するものであり、ひとたび任期制導入のために関連法制が改悪されれば、これは他の公務員、そして民間労働者へと波及しかねない。私たちは労働者の人権を守る立場からも、任期制の導入に反対する。
 千葉大学では、当局が各部局に対して任期制に関するアンケートを実施した。その結果は反対意見が多数で、賛成意見もほとんどが条件付きであった。丸山工作学長は6月の評議会で、「本学においては現時点では任期制を採用しない」との見解を表明された。さらに10月の本組合との会見においても、学長は「若いうちに自主的にいろいろ渡り歩くのはよいと思うが、制度として縛るのは研究・教育に悪い影響の方が大きい」と述べられた。私たちは、学長の見識に敬意を表し、この姿勢を堅持されることを希望する。私たちもまた、任期制を許さないたたかいに全力をつくす所存である。


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1996年11月15日

群馬大学教職員組合、「大学教員の任期制法案化に反対する声明」

(出所)都大教ホームページより

「大学教員の任期制法案化に反対する声明」

96年11月15日
群馬大学教職員組合

 昨年大学審議会組織運営部会では「他の大学や研究機関等の人事交流」「若手研究者が複数の大学,教育機関で創造力や広い視野を養える」等を理由に,「大学における教育研究の活性化に資する」として任期制の導入を提言した。そして10月29日の総会で文部大臣に答申し,これを受けて文部省は,時期通常国会に任期制法案を提出する方針である。
 現在進められようとしている任期制は,従来から自然科学の分野で部分的に実施されている「紳士協定」によるものと異なり,法的強制力によって一定の任期の後,大学教員を解雇することを可能にするものである。
 群馬大学教職員組合は次の理由で大学教員の任期制法案に反対する。
 第一に,大学教員の身分は,滝川事件等の戦前良心的な学者が大学を追われた痛苦の経験から,確立された学問の自由を,制度的に保証したものである。アメリカでも,マッカシズムから学問の自由を守るために,教授の終身在職の権利が保障されるようになったものである。すでに任期制が導入されている放送大学では,「研究論文があまりに多いのは自分で書かずに,名前だけ付けているのではないか」「卒業論文を希望する学生が多いため学内で反感をかっている」という理由で優れた業績を持つ研究者が解雇されている事例もある。任期制の導入は,このような不当な解雇が全国の大学で実施される危険性をもっている。
 第二に,業績主義の弊害が横行する危惧である。いたずらに研究業績の粗製濫造に走る傾向が強まり,大学に期待されている中期・長期的な基礎研究をないがしろにする事態になることが懸念される。さらに,教育面でも,授業は適当にやって,ひたすら研究業績づくりに走る傾向が強まり,任期制の導入は,大学教育の機能をかえって低下させるものである。また,教員を「評価」するといっても,研究面での評価は,それぞれの学問領域で一定程度行われてきたが,教育面での客観的評価は,まだ確立されていない現状である。評価の客観的な基準が整備されていない時点で,任期制の導入が実施されるのは,本末転倒な議論である。
 第三に,若手研究者の中には,講座制に見られる権威主義を打破するものとしての任期制の導入に,賛成する意見が根強くあるが,現実的には助手・講師等の若手研究者に適用し,彼らを圧迫し,今以上に権威主義が助長される可能性が強くなる。
 第四に,任期制の導入は,大学教員だけではなく,公務員全体や民間労働者を含めて,我が国の終身雇用制度の撤廃につながる問題である。近年,民間の会社ではリストラによる中高年への退職の強要が行われ,「イジメ」が社会問題化しているが,日本の労働者の権利全体に関わる問題である。
 以上の理由から,群馬大学教職員組合は教育研究と大学の自治に重大な障壁をもたらす大学教員の任期制法案化に強く反対するものである。

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1996年03月14日

大学教員任期制=クビキリ制に反対する声明

(出所)都大教ホームページより

大学教員任期制=クビキリ制に反対する声明

1996年3月
九州大学教職員組合中央執行委員会

 大学審・組織運営委員会の文書「大学教員の任期制について」の発表(95年9月)以来、「大学改革」の重要なメニューとして任期制導入がわれわれにおしつけられる気運が高まっている。われわれは、このような「改革」攻勢に対して、第一に研究・教育労働者の処遇の問題として怒りを込めて反対するものであり、さらに研究・教育それ自体に対しても憂慮すべき結果をもたらすものとして強く反対する。
 今日の大多数の大学教員の処遇がけっして「特権」的状態ではないことがまず確認されなければならない。この職業は年俸何千万あるいは何億となる特殊なタレント的プロフェッションではないのである。大学教員への入職コースはさまざまであるが、大部分は大学卒業後、最低で5年の大学院生生活(無報酬どころか高額の授業料支払いなど費用持ち出しの就職準備過程)、さらには何年かのオーバー・ドクターの年限を経て、30歳前後でやっと定職=賃金労働に就く。国立大学教員の場合、その賃金水準は、40歳代に教授昇進をするといったごく順当なキャリアを辿った場合でさえ、民間大企業の職員と比べれば約半分、さらに公務員賃金の抑制が貫徹されてきた80年代以降は、標準的私立大学教員と比べても「処遇」の劣等性は、学会活動への金銭的支援など研究条件の格差拡大とあわせ大幅なものとなった。このような悪条件にさらに重ねて、老齢年金受給以前での何回かの雇用の断絶=失業によるムチを制度化しようというのか!賃金の確保・向上、その前提としての雇用の安定を機能の原点におく労働組合としては全く許しがたい「改革」である。
 とはいえ、もしも任期制導入が教育・研究にプラスの効果をもたらすということがあるなら、労働組合の原点を措いても一考が必要ということになろう。けだし、現代の多くの労働組合は労働の社会的有用性の吟味・向上をもその運動課題としており、また多くの労働者が従事職業を自己の消費生活の手段として位置づけているばかりでなく、自己の労働を通じて社会=他人に貢献することに喜びを感じているからである。多くの教員が「処遇」の劣等性にもかかわらず大学教員を続けているのは、いまさら別の職業に就くべくもないということもあるが、教育や研究における手応え・成果を労働のさまざまな場面で感じるという喜びの慰謝に拠るところが大きい。そこで、任期制が教育・研究の向上に資するかどうかを吟味してみよう。

 (1)まず第一に、就職準備期間が長く、おまけに低賃金で雇用不安定な職業に有能な人材が入って来るかという問題がある。任期不更新=失業の脅威に耐え、教育・研究に犠牲的献身が行える「強い意志の人」か「家産の豊かな人」だけで、この職業を構成することになってよいのか。そのような特別な人々で大学教員が構成されることになった場合の教育・研究は結局貧しい成果しか生まないだろう。
 (2)大学審は、任期制が教育・研究を活性化させるとして、・人事の交流促進、・採用・再任審査の際の業績評価を通ずる活性化、・大学組織再編の容易化の三点を挙げている。加えて、若手教員の資質向上のトゥールにもなるとしている。しかし、この四点ともに教育・研究の衰退・破壊に通ずる可能性が大きいものと、われわれは考える。まず人事交流であるが、教員としての資質に劣るとして再任されなかった人々はどのように交流するのであろうか。非常勤講師など、一層「処遇」の低いポストでもと必死の求職活動を重ね流浪することになるのか。その過程で、研究・教育能力自体が崩壊するということも起こりえよう。そうして空けられたポストに「資質に優る」と評価された人々がやってくるわけだろうが、このような機構は文部省の行財政措置によって系統的に維持されてきた大学の差別化を一層促進することになろう。それで、日本全体の研究水準の向上や、高等教育の充実になるのだろうか。われわれは「ならない!」と叫ぶ。
 (3)業績評価で煽って活性化を図るという主張については、まず現在でも教授昇進または採用のための業績審査などが行われていることを「指摘」したい。大学審文書は「いったん教員に採用された後は、業績評価が行われず、年功序列的な人事が行われ、教育研究が停滞することが指摘されている」と書く。この「指摘」はデタラメだ。このような重要なことについては、他人の「指摘」ではなく大学審みずからの認識を提示すべきである。われわれの認識はこうだ。もし「停滞」の指摘に真実性があるとするなら、次の二点であろう。第一は「評価」が形式的で馴れ合いになっている可能性の存在である。しかし、この論理は任期制にしても、存在しうる。そしてこのような恣意的温情的「評価」は、容易に金力・権力に迎合して、特定人格の差別的排除に転化する可能性が大きい。第二は「教授」昇進以降の問題である。そこでは、近年の「自己評価」を別とすれば、また学会など社会化されたレベルでの評価を別とすれば、たしかに雇用されている機関での「業績評価」は無い。ここにこだわれば、むしろ「教授」職にこそ任期制が必要ということになろう。しかし、大学審文書は「教授」よりも「助手」に任期制運用の力点をおいている。結局、最も蓋然性の高い「改革」のイメージは次のようなこととなろう。現在、自立性を高め「教授を助ける」に徹底できなくなっている「万年助手」「万年助教授」が任期制により一掃され、それに代えて「教授」に従順な若手を次々と交代して研究・教育体制を維持するという姿である。これでは、財界の要望でもある創造的研究者の輩出どころか、大教授先生のクローン人間集団に教員集団が変質してしまうということだ。
 (4)大学審文書は、任期制のメリットの第三として、学問の「新しい展開」に応じて組織再編をするのに「効果的である」と言う。つまりポストを増やさずにリストラ出来ると言っているのだ。学問の自立性、あるいはアカデミック・フリーダムが無視され、伝統的古典的な学問研究の分野の教員がいかに業績を挙げようとも組織再編と任期制の結合で簡単に放逐されることをわれわれは危惧する。
 (5)「多様な経験を通じた若手教育・研究者の育成」も任期制のメリットに挙げられている。たしかに「多様な経験」は教員の発達にとって有用であろう。だが、多くの教員は5年の院生生活、その後何年かのオーバー・ドクターあるいはポスト・ドクターの生活、そして漸くの定職への到達という過程で現に「多様な経験」をするのが普通である。任期制という過酷な制度で「多様な経験」をさせる必要は全くない。その後の「多様な経験」は、潤沢な研究費を基盤に行われ得る国内外での多様な研究交流、学会活動、留学経験などでこそ行われるべきである。
 われわれは、以上の趣旨から任期制導入に強く反対し、その推進者たちに厳しく抗議するものである。同時に、定員・予算増さらには「基幹化・重点化」の代償として軽率に任期制導入を受容するといった致命的不等価交換を行うことのないように、九大教員各員に心から呼びかけたい。(以上)


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1996年02月05日

北大教職員組合執行委員会、大学教員の「任期制」導入に反対する声明

大学教員の「任期制」導入に反対する声明

 大学審組織運営部会は、九五年九月一八日「組織運営部会における審議の概要-大学教員の任期制について-」(以下、「概要」という)と題する報告書を発表した。 「概要」は、「学術研究や教育の活性化」を図るためには、「大学の教員に任期制を導入することにより」大学間あるいは研究機関との間で人事交流を積極的に行うことが有意義だとし、教授を含む全教員の任期制の「具体的な在り方」まで提言するものであっただけに、各方面に論議を呼び起こした。議論の一部には、教員評価に「競争原理」を持ち込むことで不遇な教員に光をあてることができるとして歓迎する向きもないではない。しかし、「任期制」導入は、学術研究や教育を「活性化」するどころか、教員の人事権という大学の自治の根幹を堀崩し、予想される恣意的「業績評価」と相まって、大学を政府・産業界に奉仕するだけの「研究」機関におとしめてしまう危険を内包するものである。「概要」発表以来、これに対する批判が相次ぎ、少なくない反対声明が出されてきたのも当然である。わが北大教職員組合は、これまで「任期制」の問題性について慎重に検討し、懇談会(九五年一二月一四日)を開くなどし て論議を深めてきたが、以下の諸点から見て「概要」の提起する「任期制」が大学の 自治と学問研究の自由と発展を阻害し、さらに教員の身分まで剥奪するものであり、断固導入に反対することをここに改めて確認し、宣言する。

一、「任期制」は、教員の身分を短期的「業績評価」にかからしめることになるため、時間を要する研究あるいは基礎的研究を行う者に不利に働き、またそれらの研究に対する意欲を減退させることになろう。今日の劣悪な大学の研究条件の改善に手をつけずに、「学術研究や教育の活性化を図る」ことなどできないというべきである。「概要」のいう「活性化」にまず必要なのは、国内の学会・研究集会にすら年に一、二度しか出席できない旅費、恒常的に足りない積算校費をまず抜本的に底上げし、安心して実験・研究に専念できる安全で充実した研究・教育環境を整備することである。

二、「任期制」は、人事の流動化による教育研究の活性化を帰結しない。むしろ、有能な人材を大学から追いやり、大学のスラム化をもたらす。今日、相対的に低賃金かつポストを得るまでにかなりの年数を要する研究者の途をあえて志す学生が輩出するのも、学問の自由に裏打ちされた大学の自由な研究環境と、一旦ポストを得た後の身分の保障があるからである。「任期制」はその二つを一挙に奪うものであり、若い優秀な頭脳は大学を見向きもしなくなるであろう。そもそも、一般的に大学人を受け入れる社会的基盤のないわが国で、一方的に「任期制」を導入することは、極めて非現実的な提言といわざるをえない。

三、「任期制」は、巷間で言われる大学のもつ弱点ないし消極的側面の「改善」には役立たない。確かに、教員の中には、研究・教育の面で批判を甘受すべきような者もいないとは言い切れない。しかし、その是正は、本来大学の有する自治の一環として内部的に解決されるべきものである。人事の停滞は、公正な基準で公明正大な教員人事を不断に行うことで、自ずから解決の糸口を見いだしうる問題である。いずれの問題も、学内民主主義をより強固なものにしつつ民主的相互批判を強めていくことで解決すべきであり、「任期制」導入はことの解決にならないだけでなく、教員の士気を害し萎縮させてしまうであろう。「任期制」導入がもたらすのは、問題のある「一部」教員の「是正」ではなく、「全教員」の制度的首切りなのである。

四、「任期制」は、「自己点検評価」「学長のリーダーシップ」等と相まって、大学を、諸外国にも例のない、文部省(文部官僚)主導の官僚組織の一つに堕してしまう。まさに大学の自殺行為である。今回の「概要」では、導入を各大学の判断に任せる「選択的任期制」を提案するが、これまで「自己点検評価」などが財政誘導を背景として事実上強制されてきたことからみて、決して言葉の本来の意味での「選択的」ではありえない。国大教の見解にあるような、対象教員を「選択的」に(たとえば助手層に)限定すれば問題はないかの議論は、ことの本質を見誤っているといえよう。すでに、新潟大学、東京大学(柏校舎)などで「任期制」を盛り込んだ改革案が検討されていることに明らかなように、「改革」と「任期制」が文部省・大学間の取引材料にされることは、容易に予想されるところである。このような動きに流されないためにも、われわれは改めて、大学の自治の重要性の意義を確認しておく必要がある。
 
五、「任期制」問題の背景には、財界のねらう産業界の「危機」に応える大学づくりがあり、そしてその先に教員評価」を梃子にした産官学の「技術創造立国」論(九四年四月・経済同友会)がある。一部のシンクタンク等からだされている「提言」にみる「大学改革」なるものは、結局のところ、大学「民営化」にしても産学「人事交流」にしても、産業の国際競争力の低下に対する財界の危惧に端を発したものである。今回の「概 要」が、財界の年来の主張であった教員評価とワンセットの教員任期制導入と符節を合わせているのは、大学 審の構成員の顔ぶれからみても、決して偶然ではない。
 
六、「任期制」は、諸外国の大学にその例をみないのみならず、日本の他の省庁、産業界にもこれまで見られない、一方的に労働者に不利益と地位の不安定を強いる特異な雇用形態である。このような「使用者」に有利な制度が一旦導入されれば、これを前例として大学職員、さらには他業種の労働者にまで波及していかないという保証はない。その意味では、「任期制」は日本の労働者の労働基本権を今後脅かしかねない危険性を内包するものであり、広く国民・労働者と連帯してその導入を阻止すべき課題である。

一九九六年 二月 五日 

北大教職員組合執行委員会


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